作品2

□最高の時間潰し
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 『最高の時間潰し』をしたいならまずギアッチョに本を借りろってのが俺たちチームの定説だ。読書家。もとい活字中毒。流行のもんも、見たこともねー雑誌社で発行されてるもんも、とりあえず文字さえあれば片っ端から買って読み漁るのがギアッチョという男だ。

 そして、読んだ本を容赦なく破り捨てることができるのもまたギアッチョなのだ。

 設定に無理がありすぎる話が破綻してやがる面白くねー納得いかねーたったそれっぽっちの単純な理由で、わざわざあとがきのラスト一文まで読みぬいたものを破壊しやがる。
 結果、あいつの手元に残るのは、自他共に認める読書量を誇るギアッチョのお眼鏡に適った『最高ォに面白え』ミステリーだったりエッセイだったりSF小説なのである。あいつに借りりゃあハズレなし。潰した時間に見合っただけの満足感が得られるわけだ。

 俺は、そうしてまた『ギアッチョ選抜レース』に勝ち残った最高ォの本を開いて自室のベッドの端の端にうつ伏せている。
 どうして端にいるかってぇと、そりゃあもちろん俺の腰に寄りかかって同じく小説本を熟読するイルーゾォの居場所を確保してやるためだ。いや、寄りかかるというよりはほとんど乗っかるといった具合か。わざと背中に体重をかけて、仰向けになって、最近お気に入りだという歴史小説のページを捲るのだ。
 幸せというものを具現化したような重みと体温。いちゃつくわけでもなく、相手を気にするわけでもなく、ただただゆったりとしたひと時を過ごせる就寝前のこの時間が俺はとても好きだ。心臓の鼓動が他のどの時よりも安らかに動いているのがわかる。俺はまた一つページを捲った。

「どこまで読んだ?」

 イルーゾォのほうは早々に読み終わったのだろう。ぱたん、という音とともに、腰にかかる重みがもぞもぞと動いた。続いて、重みは背中全体に移動する。体をひねってべったりと伸し掛かって来たのだろう。肩の後ろから手元を覗かれる気配がする。
「ほとんど終わりの方だよ。もうすぐ犯人がわかるところ」
 肩越しに手のひらを突き出してやると、そこに頭を寄せて自分から撫でられにきたイルーゾォは、うりうりと顔を動かしてヒヒヒと笑った。彼の、時折見せるこういった子供っぽい仕草がたまらなく可愛らしい。

「俺その本、先週借りて読んだんだ。なあ、犯人教えてやろうか」
「ええー? やめてくれよォ、これでも結構真剣に読んでんだぜ?」
「だってまだ時間かかるだろ、読み終わるのに」
「んー、まあ、あと十五分ってとこかァ? ……なに、眠くなっちまった?」
「別に眠くはない。でも、俺のぶんはもう読み終わっちまったんだぜ。あと十五分、一人でヒマしてろってのか?」
「……なんだ、そういう事かよしょうがねえなあ」

 俺は、うししと笑って体を反転させた。読みかけのページに栞を挟んでやって、俺の背中からベッドにごろんと転がったイルーゾォを抱き寄せてから、頭の後ろをぽんぽんと叩く。いきなり甘えやがって。しょうがねえよなあ、まったく。

「そういう事なら早く言えよォ、俺がお前より本を優先すると思ったわけ?」
「だって面白いだろ、それ。後半になるにつれてさ、どんどんテンポが良くなっていく。あー、早く続き読みてーってならないか?」
「すげーなる。でも今は、本の続きなんかよりずっと気になる甘えん坊をあやしてやるのが先決」
「……ばーか。甘えてなんてないだろ」

 とは言いつつも、すっぽりと俺に抱きしめられた格好のイルーゾォは、風呂上がりで少し湯冷めした脚を俺のふくらはぎに擦り付けるようにして絡めてくる。……まいったなァ。俺は内心苦笑した。どうして『こういう日』に限ってこんなに可愛い事してくるのかねぇ、こいつは。

「足冷てえなあ、お前。もしかしてカラダ冷えたんじゃあねえのか? 扇風機止める? それかきちんとシーツ掛けとけよ。ああ、なんならそのまんま仮眠とっててもいいぜ。時間になったらちゃあんと起こしてやるからさ」
「んー……、いい、寝ない。つーか、今寝たら起きられる気がしない……」

 そう言って、俺がたった今置いた本を手渡してくる。「続き。読んでいいぜ。もう満足したし。俺はここに居ることにした」背中の上でもぞもぞと体の位置を整えたイルーゾォは、俺の腹に腕を回して、俺の背と彼の腹とをぴたりと合わせて密着した。ああ、もう、だから勘弁してくれって。そういう生殺しみたいな事は。俺は投げやりな気持ちを抱えて時計を見た。夜中の一時十二分。イルーゾォが任務に出るまであと二時間を切っている。

「イルー……」
「……ん?」
「悪いけどさ、ちょおーっと離れてくんねえ?」
「邪魔?」
「邪魔……じゃあねえけどよォー……」

 心臓に悪い。あと下半身にも。だが、そんな事わざわざ言えるか? 思春期のガキじゃああるまいし、ぴったりくっついてるだけで『そういう気分』になっちまってるだなんて大恥もいいところだ。

「邪魔じゃあないならいいだろ。俺、ここ気に入ったし。それとも……」
「ん?」
「なんか、『言えない』ような事、考えてるわけ?」

 そういって、俺の腹に回した手を、あろうことかもぞもぞと下腹部に向けて伸ばし始めた。声が笑っている。このやろ。俺で遊んでやがるな。

「こー……らっ! このやろ!」
「ふあっ!」

 思い切り体をひねって、二人の体勢はそのままに上下を反転させた。俺の背中に押しつぶされた形のイルーゾォは、ぐえっと苦しそうな声を上げてから脚をばたつかせている。「お、重いぃ……!」
「ったくしょうがねえなあ、オトナをからかうからそういうことになるんじゃあねえか」

 わざとゆっくり退いてやると、イルーゾォは息苦しさで赤くなった顔を歪めながら、それでもへろへろと俺の首に腕を回してくっついてくる。……あー、ちくしょう。ほんと、なんで今日に限ってよォ〜〜〜〜……。

「……ホルマジオ」

 そんな俺の葛藤も知ってか知らずか、イルーゾォはやや不満げな顔を上げて俺を見た。それから。

「俺に、魅力はないのかな」

 こんなに誘ってるのに。……そんなふうに、まるで馬鹿げた言葉を紡いでいった。
 魅力って。俺は思わず苦笑してからその頭にぽんと手を置いた。

「馬鹿だなあお前。俺との約束忘れたわけ? 『お前に任務があるときは何があっても手は出さねえ』っての」
「覚えてるんだ」
「当たり前だろ?」
「じゃあ抱きたいとは思ってるわけ?」
「……まあ、そりゃあな。あれだけ可愛いことをされちゃあ」
「ふうん。だけどその程度で我慢できるんなら、やっぱり俺に魅力は無いんじゃあないか」
「…………お前ねえ……」

 いったい何と言ってやろうかと逡巡する間、イルーゾォは俺から離れてもぞもぞと体を起こしていた。「ごめん。冗談」そして、予想よりずっと機嫌の良い表情で一人納得するように頷いていた。
 それから、妙に畏まった顔をして、言った。

「実はな、ホルマジオ。あんたに一つ話があるんだけど」

 ちょっと長くなるんだけどさあ、と前置いたもんだから、ついでに俺まで態度を改めざるを得なかった。身を起こすと、イルーゾォは、先ほどより三十分ばかり進んだ時計を横目で見てから口を開いた。

「今日、俺、任務あったろ。あと一時間もしたら、出て行く手筈なんだけど」

 聞きながら俺は、二日前にリゾットと最後の打ち合わせに入っていたイルーゾォの姿を思い返していた。二人に共通する『几帳面』という性格がもろに出た、データと行動分析を存分に交えた何やら必要以上に小難しい会議のようだった。
 俺なんかは、二人の間に積み重なった資料の束を見ただけで頭の痛くなるような思いをしていたし、勘や感情で動いたほうがよっぽど上手くいくタイプのプロシュートやギアッチョはカケラの興味も示さなかった。メローネなんかは二人の行動こそを分析して一人楽しんでいたようだった。曰く、『理系同士のじゃれあい』。相手の仮説を己の持ちうるデータでもって否定したり肯定したり派生させたり。何が楽しいのかは俺にはちっともわからねえが、まあ、似たもの同士で話すってのは、内容が何であれ、とにかく楽しいものらしい。

「残念ながら、さっきリーダーから連絡があって、任務は中止になりました、だって。おわり」
「ん?終わり?」
「ああ。終わり」
「短いじゃあねえか。話」
「あ。本当だ。確かに短いな」

 ほんとだほんとだ、と何やら一人ごちるイルーゾォを前に、俺は釈然としない思いで聞いた。「中止って? なんで?」
「いや、もう、俺とリーダーの努力の賜物というか。色々とターゲットについて分析した結果、カネさえ積めば、ヤツが裏切る可能性はほぼ0に近くなるってそういう事をポルポのデブに伝えたわけだ。最低でもあと”半年”は組織にとって使えるはずだって」
「じゃあ、暗殺は延期ってわけ?」
「そ。……まあ、俺たちが何を言ったところで結果的にあのデブの手柄にしかならねえのは気に食わないが、それ以上に、恩を売っておいて損する相手じゃあないだろ? あいつは」

 まあ、と納得しながら、もう一度イルーゾォを見た。
「……で? つまりお前は、今夜フリーになったってわけか」
 すると彼は「ベネ。その通りだ」といって、口角を上げた。

 俺はつられてにっこりと笑ってから、おもむろにイルーゾォを引き倒してみた。不意を突かれて小さな悲鳴を上げ、背中からシーツに落ちた彼に覆いかぶさって、手のひらで両頬を包む。

「このやろッ! まーた俺を試しやがって! しょうがねえなぁあホントによォオ〜〜!」

 そのままぐりぐり頬をいじめてやると、ごめんごめんと笑いながらじゃれついてきたが、同時にキスを贈り、時折深いものも絡めていくと、やがてうっとりと目を細めて大人しくなった。

「覚悟しとけよォ? 今日こんだけ俺を煽ったんだ。途中でやめろっつっても聞かねえからな、俺は」
「……俺は最初からそのつもりだったぜ。今日は朝まで俺から離れるのは許可しない。でも」
「でも?」
「……十五分だけなら待ってやってもいい」

 なにが、と思って彼の視線を追うと、さっき栞を挟んだ本が、枕元にそのまま置いてあった。俺はそれを迷わず手にとって、イルーゾォが読みきったものと重ねて引き出しの中にしまった。

「悪いけど、俺はお前のために理性を働かせることはあっても、それ以外の理由で据え膳を我慢できるほど出来た人間じゃあねえんだよなあ。んじゃま、そういうわけで……いただきますっと!」

 言葉通りに彼の体に飛びつくと、俺に服をむしられているイルーゾォは、何が嬉しいのかわざとらしい悲鳴を上げて笑い転げていた。

 ま、何が言いたいかってえと、『恋人と過ごす一時』より最高の時間なんてのは存在しねえ。
 ……って綺麗にまとめたところでひとつ、どうでしょうかねえ?


End.

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