作品2

□ギアッチョとメローネで料理
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 ギアッチョは震えていた。武者震いでも興奮でもない。驚くべきことに、恐怖で震えていたのだ。普段の彼を知るものならばまず何かの間違いだろうと思うだろうが、彼は間違いなく恐れていた。それは――

「ギアッチョ、大丈夫さ。たかがハンバーグ一つだぜ? キミだっていつも作っているじゃあないか」

――料理本のない状態での料理についてだ。



そもそもの発端は、俺たち自慢のリーダー、リゾット・ネエロの発した一言にあった。

「ギアッチョ。お前の料理は確かに美味いし間違いがないんだが……そうだな、俺が言うのもなんだが、作っている姿があまりに『仕事然』としている。手順を確認して、一グラムの間違いもなく材料を計りとり、手順の最終確認をして、決められた時間だけ炒めて決められた時間だけ煮る。そういうきちっとした正確さがお前の良さでもあるんだがな、普段からずっとそれでは疲れてしまわないだろうかと心配なんだ」

リゾットの言うことには筋が通っていた。ギアッチョは一つ頷いて、なるほどだったら俺ぁどうすりゃあいいんだあ?リーダー。と聞いた。返ってきたのは意外な答えだった。

「一度、何にも縛られずに好きに料理をしてみたらいい。概念が変わるかもしれないぞ。材料の量や時間が多少違っていても、料理というのはそれなりに食えるものだ」



青い顔をしてウロウロとキッチンをうろつくギアッチョは、いつものように秤を取ろうとしては手を引っ込め、かといっていったい何をすればいいのかと頭を抱えているようだった。あまりの緊張で手順をすっかり忘れてしまっているんだろう。ハンバーグなんてこれまで何回も作ってきたというのに。

「……おいメローネッ!」
「なんだい?」

そして、こうして意味もなく俺を呼びつけるのも、既に十二回目になっていた。初めはリビングでテレビを見ていた俺も、何度も呼びつけられるうち、いっそと思ってキッチンに居座ることにした。だってそうでもしなけりゃあ、メシが出来上がる前にキッチンとリビングとの往復だけでカロリーを使い果たして死んじまう。だから今俺は、ウロウロするギアッチョの背後に椅子を引っ張ってきて、背もたれに顎をつけて座っている。

「いいか、俺が今から作らなけりゃあならねーのはハンバーグだ……。ハンバーグってェこたあ肉料理だ。ここまではいいよなぁあ〜〜〜……」
「ハンバーグが魚料理だったらここに挽き肉の山なんか無いと思うけど」
「うるせェッ! 余計な口を挟むんじゃあねえクソがッ! 手順忘れっちまうだろうがッ!」

そんなものとっくにド忘れしてるくせに。やれやれと首を振ってやって、内心ため息を漏らす。俺は、もう十二回目ともなるこのやりとりにとっくに辟易していた。ハンバーグなんて、混ぜて丸めて焼くだけの作業に何をそんなに手間取っているんだろう、という気持ちだ。こんな風になるなら今すぐにでもネットで検索したレシピを教えてあげたい。が、それこそギアッチョの(それはもう不必要なほどに高い)プライドが許さないんだろう。この間まで『料理本のレシピ通りに作る』ことに縛られていたギアッチョは、今や『料理本を見ずに料理を作る』ことに縛られている。難儀な男だ。結局縛られるなら、今まで通り活字とにらめっこしていればいいってのにさ。

「ギアッチョ」
「ぁあッ!?」
「ああ、ああ、そう怒らないでくれ。そうやってイライラするから何も思い浮かばないんだろう? それに、ずっとそうしてウロウロしてても何も始まらない。だいたいね、何かを始めるときというのは楽しんでやらなくちゃあいけないんだ。リーダーも言ってたろ? 仕事だと思うからダメなんだって。肩の力抜いてさ、一度深呼吸してみるといい。すーってさ」

ギアッチョはイライラと舌打ちをしながらも、素直にすうっと一つ息を吸って、長い時間をかけてそれを吐き出していた。それから、少しばかり落ち着いたような戸惑ったような、半信半疑といった様子で俺を見返す。

「さあギアッチョ。気が済んだらそろそろ料理を始めようじゃあないか。俺もう待ちくたびれちまったよ。ね、だからさ、好きなようにやってごらん。とんでもない間違いをしていたら、ねえ。きちんと俺が注意してあげる」

その言葉にしぶしぶ頷いて、ギアッチョはまずタマネギを手に取っていた。それからぼそっと小さな声で、みじん切り、だの呟いていた。

「おいメローネお前よぉお〜〜〜……」
「なんだい?」
「いいか、口を出すんならだ。口出すんなら取り返しのつく段階で言えよ絶対だぞ」
「ええ? わかってるさそんな事は。だってそれ後で俺も食うんだぜ。上手く作ってもらわなくちゃあ何より俺自身が困る。ってわけでそうだなあ、まず、そのタマネギを……」
「ただしッ! 絶ッッッ対に先に答えを言うんじゃあねー……。それってこたぁ俺が『カンニング』したってぇ事と同意義だからだ。いいか、お前は今から一言たりとも喋らずに黙って見てろ間違えていたらその瞬間に言え! 途中で口を挟むのは堪忍ならねェが俺のミスを放置しやがったらタダじゃあおかねえからなッ!」
「……ギアッチョ。キミ今スゴく理不尽な事を言っているって自覚はもちろんあるんだろうな?」
「ッるせえ! わかったら黙ってそこに居ろッ!」

怒鳴り終えると、再び深呼吸をした後に、包丁を真っ直ぐに入れた。綺麗に二等分された断面を見ながら、俺はまた潜めてため息を吐いた。この調子じゃああと何時間かかるか知れないじゃあないか。

まったくひき肉なんて最悪そのまま焼いたとしても、生焼けでさえなければ食べるに支障はないってのに。だいたい、その間、言葉一つも許されずにただただこの場に拘束され続ける事だってあんまり気の進むことじゃあないしね。その間の暇つぶしといえば、忙しなく動く背中を眺めながら、あーあーちょっかい出してみたいなーとか、突っついてみたら怒るかなーなんて考えてみるのが関の山だ。暇。とにかく、暇だ。

「ギアッチョー……」
「テメェメローネ……口挟むなっつったのが聞こえなかったのか……? ええ!?」

キレるギアッチョの顔をへらりと笑って見返しながら、だいたい、なんで俺なんだろうなあ、とまで思う。二階には今もペッシがいるしソルベもいる。イルーゾォとジェラート……は料理に関してはてんで当てにならないけど、前者の二人ならそう口うるさくもないし、頼るんなら自分よりよっぽどそっちの方がいいんじゃあないかと聡明な俺は思うわけで。

だけどまあ、俺より数段落ちるけどそれなりに合理主義のはずのギアッチョ自身がこの俺を選んだのだから、彼には彼なりの理論なり目的なりがあるはずだよねえ。なんて事も思ってみたりする。

「メローネッ!」
「なーんでーすかー?」

……ま、その理由っていうのも、俺なら遠慮なしに怒鳴れるとか、けっこうな放任主義だとか、そういったところが原因なんだろうけど。

そんな風に考えながら、言われたとおり冷蔵庫から卵を取り出してあげると、こっちを見もしないでそれを受け取ったギアッチョは、今度も怒鳴るような声量で「明日は予定空けとけッ! 絶対だぞッ!」と言った。
その後に続いた、蚊の鳴くような声での「なんか欲しいもん考えとけ」って言葉が聞こえなかったフリをして、なあに、まさか、この料理明日まで時間かける気? とからかったら、まあ、予想通りの罵声と蹴りが飛んできたわけだけど。




End.


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ギアッチョがメロンを選んだ理由
 ・怒鳴っても平気
 ・殴っても喜ぶ
 ・意外と最後まで付き合ってくれる
 ・「グラッツェ」言わなくてもわかってくれる

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