作品2

□百川帰海
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『―――――――ああ。……ああ。全ては順調だ。
”計画”は滞りなく進んでいる。

……ホルマジオの事は気にするな。今は――……ああ。それでいい。

俺はこれから例の場所に向かう。お前は――決して”一人”で行動するんじゃあない。これは命令だ。俺からお前への――ああ。忠告じゃあない。命令だ。俺は暗殺チームのリーダーとしてお前の命を守る義務がある。お前は自分の立場を考えて動くべきだ。お前のブッ飛んだ行動力は賞賛すべきものだと俺も思うがだからといって――……ああ。理解しているならいい。説教をするつもりもない。今さらだ。

……ああ。イルーゾォはポンペイへ向かわせた。問題ない。何も――

――ああ、ああ。わかっている。俺は俺の準備をしてから向かう。時間が無いからもう切るが――くれぐれも気をつけろ。敵はどこに潜んでいるかわからない。

――そうか? 俺は昔からこうだったよ。注意深いんじゃあない。優しいわけでもない。”仲間”が死ぬことを恐れているだけの小心者だ。

――ああ。そうだ。俺はお前を”仲間”だと思っている。俺たちチームの他のやつらもだ。だから”お前たち”に協力している。

俺は――俺たちは、そう。今度こそ誇りを持って生きているつもりだ。

ジョルノ・ジョバァーナ。お前たちと共に――』




******************




「最ッ悪だ……。どうしてこの俺がこんな……一人のほうがよっぽどマシじゃあないか……」

イルーゾォはため息を吐きながら、大げさに首を振ってみせた。わざとだ。その証拠に、彼の目はしっかりと正面を睨みつけている。むしろ彼の性格からすれば、ここまで黙ってついてきたこと自体が奇跡だった。
その奇跡を容易に起こしてみせたのは、ひとえに彼の敬愛する”暗殺チームのリーダー”への忠誠心なのだ。

「そォーいう台詞はぼくたちに聞こえないように言うもんなんじゃあないですかねぇー? 普通」

だから、いくらそのイルーゾォが、呆れて振り返った自分を思い切り睨んでいようが、フーゴにとっては苛立ちの対象にもならないのだった。
『無駄な人死に』を避け、『さっさと任務を果たして』帰る。彼ら一行にとって守るべきはその二つだけなのだから。

「あんたがぼくらの事をどう思ってようと知りませんがねェ〜〜……、イルーゾォ。任務なら任務らしく割り切ってやるってのも大事でしょうが」
「そうかあ? おれはそいつの言う通りだと思うがね。こんな所なんざわざわざ三人雁首揃えて来るような場所でもねえし。そのうち一人は自意識過剰の陰気野郎ときたもんだ。そりゃあ『最悪』で『一人のほうがよっぽどマシ』じゃあねえか」
「てッ……めぇ……! このッアバッキオォオオ〜〜〜ッ!」
「あ〜〜〜もうッ、ぼくの後ろでわめくのは止めてくださいよ。ほらあっち、ごみ箱の横んとこなら人もいないし続けたいなら勝手にすれば」

言い捨ててさっさと歩くフーゴの背中を、盛大な二つの舌打ちが追ってきた。石畳をざりざり進む足音が荒々しく着いてくる。これならよっぽど一人のほうがマシだ。奇しくも二人と同じ感想を浮かべたフーゴは、ちらりと太陽の位置を確認してから、後ろの二人に向けて嫌味ったらしく左手首の時計をとんとんと叩いてみせた。




***************




9時25分。ゆらゆら揺れる振り子の原理を何といったか。彼もまた勉強は得意な分野ではなかった。壁掛け時計の下で楽しげに雑談を繰り広げる華やかな女性達の心をどうモノにするかについてのほうがまだ彼にとっては得意分野だったのだが。

「もう着いた頃だと思うが……どうかな、今頃。仲良くしてると思うか? あいつらが」
「まっさかァ〜〜〜〜。だってフーゴとアバッキオ、あとあんたんとこのえーっと、イルーゾォだろ? 無理無理、無理だって、どー考えてもさあ〜〜」
「だーよなあぁあ〜〜〜……うん。そりゃあそうだろうよ。俺もそう思うぜ。まったくあいつらはこの一年何も変わっちゃあいやしねえ。ったくしょうがねえよなぁ? ええ? ナランチャ」

グラスの水をぐっと飲み干してメニューを開く。ページを捲るごとに目を輝かせて覗き込んでいるナランチャを、ホルマジオは眩しそうに見つめていた。ギャングという身に堕ちてなお残る少年らしい純粋さにはもう感嘆するしかない。ちょうど一年前、敵として対峙したときには厄介でしかなかった後先を考えない単純さもまた、ホルマジオにとっては好感の持てる彼の要素であった。

「なあなあホルマジオ。あんたはどれ食う? 先に決めてよ。おれさァー、ヤなんだよなあー、ヒトと同じもん食うのって」
「それってどうせあれだろ? 『そっちの一口くれー』ってやつができないから」
「へへへ、当たりぃ」
「だったら残念だったなァ。俺は今んとこ何も食う気はないっつーか食いたくても食えねえっつーか……」
「まだ痛いんだろ。クチ」

いたずらっぽく笑うナランチャの前で、ホルマジオは苦味を含んだような笑い方をした。その通りだった。

「プロシュートに聞いたぜェ、ホルマジオ。あんた経費に自分の酒代混ぜようとしてたってさ」
「いやァ〜〜〜……ほら、ここんとこネアポリスのほうでまたしょうもねえ連中が暴れてただろ? それ関連で俺らチームも色々大忙しでよ。なんだかんだで結構経費の請求が溜まってたもんだから、こっそり混ぜちまえばわかんねえかなーって」
「バレるに決まってんじゃんそんなのさあー。そのあたり目ェ通してんのってあのリゾットだぜ。すっげー怖いんだぜぇ〜〜〜〜?」
「知ってるっつーの! こちとらおめーらがギャングのギャの字も知らなかった頃からの長い付き合いなんだからよォーー! 似たようなことやらかしてさんざんカミソリ吐いてきたって歴史があんのよ俺には」
「ひゃはははは! ばっかみてぇー! そんな歴史自慢にもなんねーって!」
「しょーがねえなぁああ。んな笑うこたぁねえだろうが。ほら、そんでどれにするって?」

話題を反らすよう、腹を抱えて笑うナランチャの前にそっとドルチェ用のメニューを広げてみる。するとまるで今の会話を忘れたかのように面白いぐらいに食いついてきた。

「な、な、ホルマジオ! ここにあるやつさあ、マジにどれ食ってもいいわけ? ホントに奢り?」
「おーもちろん。いくら頼んだって構うこたぁねえよ。好きなもん食いな。……っつってもよ、俺なんかよりよっぽど給料いいんだろうけどよ? ボス直属の親衛隊ってやつは」
「んなことないよォ〜〜〜……。ジョルノのやつさぁー、俺より年下のくせして俺に命令するんだ」
「『ナランチャ。あなたは今ここに来るべきじゃあないのではないですか? 』……とかって?」
「そ。だからさ親衛隊ってのも形だけで、結局おれがいま組織でやってることは何もないんだよな。給料だって将来のぶんの前借りみたいなもんなんだ。生活費出してメシ食って遊んで……ちょっぴり貯金して、そんで終わりってとこ」
「へえ。意外と堅実に生きてんじゃあねえか」
「だってブチャラティと約束したんだ」

ナランチャは、熱心に単品からセットメニューまで説明文を目で追いながら言った。

「ブチャラティが言ったんだ。戦いがさ、終わったあと。ローマでの決意は変わってないかって。だからおれ、変わってないって、あのとき決めた通り、学校行きたいって言った。親衛隊の仕事も頑張るし、勉強も頑張るって」

左右のページを難しい顔で見比べる。ホルマジオは、彼のグラスに水を注ぎ入れてやった。

「そうしたら、中途半端なマネをするんじゃあないって怒られた。じゃあおれどうすればいいって言ったら、自分の人生は自分で決めろって。だから考えて……、きっとおれ、ブチャラティの部下と学校とを両方カンペキにってのは難しいと思ったから、どっちかを選ばなくちゃあいけないって思ったから、……選んだんだ。おれ。そうしたら――」

ナランチャはふっと顔を上げて、澄ましたように得意気な表情を浮かべ、それでもやはり我慢しきれなかったのか、最後には思い切り破顔した。彼は感情を隠さない。尊敬する男に認められればそういう顔もしたくなるんだろう。ホルマジオもつられて、心の底から笑って言った。

「入学おめでとうよ、ナランチャ」
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