作品

□俺のツレが甘えん坊なんです
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最後の一行を目で追って、本を閉じると時計はもうだいぶ遅い時間を示していた。そろそろ風呂でも入るか、とベッドから腰を浮かす。
するとその動きに反応するものがあった。今の今まで腰元で転がって俺の背もたれに徹していたホルマジオは、寝そべる体勢はそのままに、両腕を俺の腰に回してぎゅうと抱き付いてきた。「……もう行っちまうのか?」

体を捻ると、わき腹に顔を埋めて、上目で俺を窺う視線とかち合った。大の男――それも平均よりずいぶんと体格のいい男――がやるには似つかわしくない仕草も、彼がやるとどうしてか気持ち悪いと切り捨てることができない。これも惚れた弱みというものだろうか。甘えられると、どうにも弱い。

「だって風呂入らないと」

言いながら短い赤毛を指先でくすぐると、やだ、とだけ言って余計にぐりぐりと顔を押し付けてくる。小さい子供が駄々をこねる仕草そのものだ。呆れ半分、胃の上がくすぐったくなるような愛しさが半分。「なんだよ、今日は甘えたい気分?」
からかうように言ってみせる俺も、他人から見ればそこそこ気味の悪い笑みを浮かべているんだろうか。だって、いつもはただただ格好良いだけの恋人に甘えられるって頼られるって、すごく嬉しいじゃあないか。

広い背中を撫でてやると、息を吐くようにぼそり。今夜は帰したくねー……との声。ばかだな、この男は。帰るもなにも、俺たちの部屋は隣同士じゃあないか。

「それ、あんたの常套句?」
「それって?」
「今夜は帰さないってやつ。女の子にも言った事あるだろ」
「ねーよ」
「嘘つけよ。相当遊んでたの知ってんだぜ。いいよなあ、ホルマジオなら誰にだってすぐオーケー貰えるだろ。いいわ、今夜はあなたの好きにしてーとかさあ」
「意地悪言うなよ、今の俺にはお前だけなんだから。その返事を言って貰いたいのもお前にだけ」

体を起こしたホルマジオは、今度は俺を後ろからすっぽりと抱き込んできた。指で唇をなぞってくるのは催促のつもりか? 言って欲しいんだろう、俺の口から。

だとしたら、ほんと、ばか。

俺は、ゆるい拘束からするりと抜け出て振り返った。今の今まで俺に抱き付いていた男の両肩をトンと押す。素直にベッドに転がったホルマジオに乗り上げて、鼻の頭にキスを落としてやった。「いいよ、今夜は好きにして。……俺をさ」にんまりと笑って囁くと、途端に表情が輝いた。ああもう、可愛いなあ。そんでやっぱり、すごくばか。
別にわざわざこんな事言わなくったって、初めっからシャワー浴びたら戻ってくるつもりだったよ俺は。この部屋に。


その晩、ドライヤーもそこそこに急いで部屋に戻ってやったら、俺は本当に彼の『好きに』された。

俺が出したのはもちろん『そういう行為』も含めた上での許可だったんだが、実際のところホルマジオは、俺をベッドに引きずり込んだ後はたくさんのキスと抱擁を与えてくれただけだった。どうやら本当に『甘えたい気分の日』だったようで、すっかり抱き枕にされた形の俺は、なんとなく悶々とした気持ちを抱えながら一晩中デカい子供の『愛』を甘受していたのだった。




End.

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