作品

□俺のツレが暴れん坊なんです
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ここの所ホルマジオの機嫌がすこぶる良いことには気付いていた。さり気なく理由を訊ねてみれば、奴はよくぞ聞いてくれたとでも言いたげに俺の肩に腕を回し、そのまま俺の体を室内へと引っ張り込んで、この上なく弛みきった顔で口元をさすりながら事の顛末についてこと細かに説明してくれた。なんでも先月のバレンタインに初めてイルーゾォが嫉妬してくれたのだという。いわゆるノロケだ。「やっぱりイルーゾォは最高に可愛い」だの「俺ってばそこまで愛されちゃってまあ」だの「まーそちらさんのお相手は中身ほとんど暴君だから嫉妬なんざどだい無理な話だよなァしょーがねーなぁあ〜!」だのさんざん聞かされた後で俺は黙って部屋を出た。手には来たときには持っていなかったはずのバールのようなもの(むろん鉄製)が握られていたようだが出どころは不明だ。念のため取っ手についた指紋を拭き取った俺は、その足で任務に向かったのだった。



「よぉリゾット。お疲れさん」

一週間と少しぶりだ。こうしてプロシュートと顔を合わせるのも。やけに上機嫌で俺を迎えてくれたのは、やはり俺と会えた事が嬉しかったからだろうか。

「待ってたぜ。お前出掛ける前に言った事忘れてねーだろうなあ?『最高にウマい魚料理を食わす店があるから任務から帰ってきたら連れて行ってやる』ってやつ。この俺が楽しみにしてやってたんだからよ、下手な味だったら容赦しねーぞテメェコラ」

…………。まあいい。おそらく『楽しみ』の中には俺と出掛ける事自体を楽しみにしていたという意味も少しは……少なくとも二パーセントくらいは含まれていたんだろうからな。

で、いつ行く?
ワクワクといった感情を全身から滲ませてこちらを見るプロシュートを見つめ返し、俺はふむと顎に指を当てて考えるふりをした。そのまま首を振る。

「……すまないが、今日は連れて行ってやれそうもない」

当然プロシュートはムッと眉根を寄せてみせる。すまないな、プロシュート。これもお前から『嫉妬』ってものを引き出すためだ。俺は間髪入れずにこう言った。

「実を言うと今回の任務は少し厄介なものだったんだ。おかげで報告書を書き上げるのに手間取っている」
「だから俺に構ってる時間はねえ。そう言いてぇわけか」

さすがこの男は聡明だ。俺が言葉を重ねるより先に続きを察して不機嫌になる事ができる。部下としても非常に頼もしい能力。いや、それともそれだけ俺と心を通わせているからか?思わず弛みそうになった口元を片手で覆うと、プロシュートは値踏みするように足先から頭まで俺の体を眺めてから、怒りを鎮めるようにゆっくりと目を閉じた。組んだ腕を指先でトントンと叩きながら「書類の期限は?」とだけ言う。せいぜい三日後くらいか?と答えると、指の動きは余計に大きくなった。「ならそれを仕上げるのは今日じゃあなくてもいいわけだ。『本来なら』」わざと強調させた後、トン、と音が止まる。威圧的な青い瞳が下から俺を捉え、口角の下がった唇から白い歯が覗いた。

「リゾット、テメェは……」

怒りに満ちた片頬がひくひくと震え、いよいよ俺の望んだ台詞が飛び出した。

「俺と仕事と一体どっちが大切なんだ?ええ?」

――充足感が心に満ちていくのがわかる。見ろ。この可愛い男の何が暴君だ。むしろ良妻じゃあないか。どれだけ機嫌を下降させていようとも、俺の意思を尊重するよう必ず俺自身の意見を伺おうとしてくれる。自然と口元には笑みが浮かんだ。

「お前と仕事だって?そんなもの聞くまでもないだろう」

宥めるように両肩に手を置いてやると、青い瞳がこちらを見据える。俺はそのままフフッと笑いかけて言った。

「――仕事だ」





「う……ぐ……」

喉の奥からにじみ出た呻きが無理やり意識を浮上させる。妙な息苦しさを感じて身を起こしてみればそれも当然だった。俺は黒くて大きなビニール袋に顔面を埋めるようにして突っ伏していたのだ。燃えるゴミは月・水・金。そんな簡単なマナーすら守れない人間によって積み重ねられたゴミ袋が辺りに散乱している。仰向けに寝転んでみれば、それらは柔らかく俺の体を受け止めてくれた。春先だというのに肌に触れる風は冷たい。見上げた空には星がいくつも輝いている。夜だ。という事は、俺は少なくとも一時間以上はこの場所で気絶していたというわけか。

さて。どうしたものか。俺は再び目を閉じて、最後に見た光景をなぞってみることにした。

俺が言葉を言い終わるやいなや、鳩尾に強烈な膝蹴りが入った。続いてアッパーカット。仰け反って倒れようとする体を許さないとでも言うように胸ぐらを掴まれ、左頬を張られたと理解した瞬間にはもう脇腹に痛烈なミドルキックが叩き込まれていた。見事だ。あまりにも見事なコンボ攻撃。スタンド無しでもこれほど強いのならどんな任務を任せても大丈夫だろう。さすがはプロシュートだ。……いや、今はそんな事を言っている場合じゃあない。今考えなければならないのはたった一つ。たった一つのシンプルな話だ。『なんと言い訳すればさっき言った事が全て冗談だったと伝わるか』。

今日中に書かなければいけない書類なんて無い。報告書ならいつも通り、とっくに送付してしまっている。自分で言うのもなんだが俺は仕事が速いんだ。そして、プロシュートと約束したいわゆるデートというものを、俺だって何より楽しみにしていた。ちょっとした冗談を言ってやって、嫉妬で拗ねたプロシュートを存分に楽しんだ後、全てのネタばらしをして安心させてやるつもりだった。まさかそれより先に拳が飛んでくるとは思わないじゃあないか。……いや、あの男の性格を考えると充分予測は可能だったような気もする。ということは完全なる俺の判断ミスだ。特に今回は、冗談とはいえあいつの愛する『食事』への期待を潰してしまった事が何よりいけなかったのだろう。失敗は反省して次に生かさなければならない。次回はもっと計画を練って…………いや。もうこんな馬鹿げた真似はやめておこう。でなければ今度こそ直触りで殺されてしまう。

半身を起こすと、腹に鈍い痛みが走った。地に手をついて支えれば、関節部が引きつったような痛みを訴えてくる。……ははは、これは面白い。立ってみれば膝がガクガク震えてまるで老人か何かのようじゃあないか。すごいぞプロシュート。お前はスタンド無しでも人間を老化させる事ができるらしい。というか、仮にも恋人でありリーダーであるこの俺を捕まえて膝にクるほど長時間殴る蹴るの暴行を続けることはないだろうに……さすがは暴君……。

壁に手をつきながらよろよろ歩くと、頭上で頼りなく瞬きを繰り返していた電灯が、バチバチと瞬いた後に完全に沈黙した。さて。あの男の怒りがこうして沈黙するのはいつになるだろうか。まあ少なくとも今日のデートはお流れだろう。そもそも物理的に不可能だ。なぜなら俺の体は現在ほぼ再起不能だからだ。少し気を抜けば再び俺の意識が遠のくのは確実だろう。気をしっかり持つんだ、俺。寝たら死ぬぞ。

遠くに見えるアジトの柔らかな明かりが恋しかった。この体を抱えてあの場所まで辿り着くにはどれほどの時間がかかるだろうか。早くベッドにブッ倒れたい。いやその前にプロシュートに土下座を……それより先にリビングでたむろしているだろうメンバーに怪我の言い訳をしなければ……

ん……?今なにか生暖かいものが唇に……

……ああ、なんだただの鼻血か……。




End.


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リゾットはオチ担当じゃないんです。ただリゾットが下手に動くとオチという結果が付いて回るだけなんです。

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