作品

□におい
1ページ/2ページ

「シャンプーの香りが鼻をかすめた。とか言うけどさぁ」

本に目線を落としたままイルーゾォが言う。

「アレって正しくはトリートメントの香りだよなぁ」
「……それギアッチョの前で言うなよ?」

対して、ソファから乗り出したホルマジオは、小さな矛盾を見つけてはイライラを隠そうともせず暴れまわる同僚の姿を思い浮かべて苦笑する。

「言わないよ、俺はそんな危ない橋は渡らない」
「それならいいんだけど……よっと」
「あ」

かけ声とともに向かいのソファから伸ばされた手が、イルーゾォの手から読みかけの本を奪った。当のイルーゾォは大して集中もしていなかったのか、困ったように笑いながらも取り返そうとする素振りはない。

「読み途中なんだからさ、しおりくらい挟んでおいてくれよ?」
「悪い、もう閉じちまった」

言葉のわりに悪びれず笑うホルマジオは、本を奪ったときと同じ自然な動作でイルーゾォの毛先を梳く。指にからめた髪の束をそのまま鼻先に持っていき、スウと空気を吸い込むと、花のような柔らかい香りがホルマジオを包んだ。

「おっ。確かにリンスの香りがするぜ」
「リンスじゃあないよ、トリートメントだって」
「ハハッ、どう違うんだよそれ」
「あー……。……トリートメントのが高い? とか?」

なんだそれ。ケタケタと笑うホルマジオの頭を、今度はイルーゾォが引き寄せる。

「んー……。ホルマジオのはなんか汗臭い」
「おいおい酷えなあ、確かに昨日は風呂入ってねぇけどよ」
「うわっ! なんだよそれきったないな! そんなの嗅がせんなよぉ!」
「お前が勝手に嗅いだんだろー? しょーがねぇなあ……」
「もーアンタさっさと風呂入ってこいよ!」

そう言って心底嫌そうに顔を遠ざけたイルーゾォだったが、しばらくするとグルリと机を回ってホルマジオの隣に腰掛けた。そして再び短い髪に鼻先を埋める。

「おいおいおい、汗臭いんじゃあなかったのかあ?」
「んー、臭いんだけどさ、なんかクセになるっていうか」
「…………。イルーゾォお前、もしかしてニオイフェチなんじゃねぇ?」
「ええっ! なんだよそれ! メローネじゃあるまいしそんな性癖あるわけないだろ!」
「じゃあ離れてくれよ」
「それとこれとは話が別だろっ!」

なぜか逆切れしたイルーゾォは、ますます頭を抱き寄せて今度は耳の後ろに鼻を寄せる。

「あー、くさい。男くさい。ていうか加齢臭?」
「加齢臭はねーだろ。俺まだ二十代だぜ?」
「もうすぐ三十路のくせに」
「あー……それ言われると強く言えねぇなぁ」
「三十路かぁ……、ホルマジオもいよいよおっさんだね。さよなら青春、こんにちは一人酒。ってやつ?」
「ばっか、男は三十からだっつーの。まだまだいけるぜ、俺は」
「……まだまだいく気なの? 俺以外に?」

少しむくれたような顔をするイルーゾォ。その様子は非常に可愛らしく、ホルマジオは思わず腰を抱き寄せた。

「おーおーなんて顔してんだよしょーがねぇなあ! 安心しな、俺はお前が最後だって!」
「最後の恋人が男とか…………それはそれで倫理的にどうかと思うけど」
「つまんねーこと気にすんなよ。二人の間に愛がありゃあどうでもいいだろ? そんな事」
「うわあくっさ! ホルマジオくっさ! 言葉的な意味で!」
「……イルーゾォお前、さっきからくさいくさい言い過ぎじゃあねぇか? さすがの俺も傷つくぜぇ?」
「言われたくなかったらその下らない口を閉じてさっさと風呂入ってこいよ!」
「へいへい。じゃ、行って来るぜ、俺の子猫ちゃん」

途端に聞こえたうげえええ! というド汚い叫び声を無視して立ち上がる。
その際にフワリと鼻をくすぐったトリートメントの香りは、早く帰って来いとでも言いたげで。においってのも悪くはねぇなあとニヤニヤ笑いを零しながら、ホルマジオは風呂へと向かったのだった。





End.
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ