作品

□きみにとどけ
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三杯目のコーヒーのおかわりを曖昧な笑顔で断って、イルーゾォはため息を吐いた。そこには焦りと緊張と、わずかばかりの期待があった。
ウエイターは片手にコーヒーの入ったサーバーを持ちながら暗いオーラを放つ男を心配そうに見つめていたが、少し考えた後に人の良さそうな顔で「どうぞごゆっくり」と笑って店の奥に戻っていった。いい店員だ。イルーゾォは思った。彼はあまり干渉されることを好まない。

洒落たバーの隅の隅。あまり目立たないテーブルに座ってもう一時間になる。約束の時間は五分過ぎた。イルーゾォは、今日まで一度だって身につけたことのなかった腕時計を見てそれを知った。なくさないよう、汚さないよう大事に大事に机の奥底にしまっていたそれは、今まさにイルーゾォを悩ませている原因からのプレゼントだった。

やっぱり来ないんじゃあないか。いや、今まさに扉の向こうに来ているのかもしれない。それとも俺の誘いなんて迷惑だったろうか。だから来ないんだろうか。
ぐるぐると回りすぎて痛む頭を押さえながらうなだれる。
そして、カチリ。また一つ進んだ文字盤の長針を見て、涙が出そうだった。待ち合わせからたった六分、遅れているだけなのに、それはそのまま自分への拒絶のようにも思えた。

もう、いっそ来ないでほしい。イルーゾォは思った。待ち合わせに遅れるくらいなら迷惑だったのだろう。気を遣って嫌々来られるくらいなら、自分との他愛ない約束などすっぱり綺麗にすっぽかして欲しい。考えて、じわりと涙が浮かんだ。めちゃくちゃだ。自分で約束を取り付けたくせに、来ても来なくても嫌だなんて。

こんなことなら、こんな思いをするくらいなら、ジェラートに相談なんかするんじゃなかった。
夜、眠る前に彼を思い出すたかだか数十分間。じわじわと襲いくる胸の痛みなど我慢し続ければよかった。

さかのぼって二日前。イルーゾォは、ソファに座ってジェラートとたわいもない話をしていた。



***************



「イルーゾォはさあ、ホルマジオに告白とかはしないわけ?」

話の途中で唐突に言われた言葉に、死んでしまいそうなほど心臓が跳ねた。

「なっ……! お、俺は男だよ!? ななななんでそんな……っ!」

顔を真っ赤に染めて左右にぶんぶんと首を振ると、ジェラートはケラケラと笑った。このチームには、ソルベが一人で任務に出ているときのジェラートほど剣呑になれる人間はいなかったが、今日のジェラートはひどくご機嫌だった。それがイルーゾォという玩具を見つけていたからだと当の玩具本人が知ったのは、今日という日が終わる間際のことだった。

「男だとか女だとかは置いといてさあ、イルーゾォはホルマジオのことが好きなんだろ?」
「だからなんでそうなるんだよっ!俺は一度もそんなこと…」
「言ってなくたってわかるさ。イルーゾォはいつもホルマジオを目で追ってる。撫でられれば嬉しそうな顔をするし、あいつがちょっと怪我するだけで泣きながら取り乱す」

思い当たるフシがあったのか、今度は顔を青くさせてジェラートを見た。

「お、お、俺、そんな、だって、ちゃんと、隠してた…」
「"つもり"だった? 残念、僕にはバレバレだ」

ジェラートはペットボトルを傾けて水を飲み干すと、頬を持ち上げて笑った。

「それも結構前からだろ。いいと思うよ、純愛。イルーゾォらしいじゃないか」

クスクスと笑うジェラートの横で、イルーゾォは半ば泣きそうだった。隠し続けていた想いを知られていた恥ずかしさと、もしそれがホルマジオ本人に知られた場合の蔑みの表情を想像して。

「どうしよ……ジェラート、どうしよう、こんなの、ホルマジオにバレたら俺……!」
「バレたっていいと思うけどなあ。案外喜ぶんじゃない? ホルマジオも」
「ないよ! ないないそんなこと! 絶対気持ち悪がられる! 男が、男を、好きになるなんて、最悪だ……!」

頭を抱えてうなだれるイルーゾォの背中を叩いて、ジェラートはいたずらっぽく笑う。

「ショックだなあ。イルーゾォは僕とソルベをそんな目で見てたんだ」

するとイルーゾォははっと口元を押さえて、気まずそうに口を開いた。

「……ごめん。そんなつもりで言ったんじゃなかったんだ。二人を気持ち悪いと思ったことなんて一度もない」

でも、俺には無理だよ。
悲しそうに呟いたイルーゾォは、続けて「ホルマジオが俺のことなんか好きになるはずがないもの」と言って手の甲で一度、目元をこすった。

その様子を目を細めて見つめていたジェラートは、イルーゾォの肩を抱いてテーブルに手を伸ばす。そこに置かれていたイルーゾォの携帯を手に取ると、メール作成画面を表示させて握らせた。

「無理かどうかは実際言ってみないとわからないだろ?」
「わかるよ……」
「どうして? 世の中どうなるかはわからない。無理って言うのは簡単だけど、そうやって何もしなければこの先ずっと変わらないよ。辛いんだろ? 片思い」

イルーゾォはしばし逡巡して、やがてこくりと頷いた。

「じゃあ伝えるだけ伝えなきゃ。ホルマジオは今泊まりで任務に出てるんだろ? 帰ってきたらどこか洒落たバーにでも呼び出してさ」
「バー……」
「そう。いい店知ってるんだ。ソルベと二人だけの秘密の場所だったけど。特別に教えてあげる」

イルーゾォの手の上からカチカチと店名と場所を打ち込んで、背中をぽんと叩く。

「あとは自分で、ね?」

ぱちんとウインクをしたジェラートを横目に、イルーゾォはたっぷりと時間をかけてボタンを打ち込んだのだった。
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