作品

□きみにとどかねえ
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先日、断崖絶壁から飛び降りるような覚悟でプロシュートに同居の話を切り出した。
予想に反してほぼ即決といった具合で良い返事を貰えはした。……のだが。

俺たち二人だけの住処になるはずだった住居にはなぜか俺たち以外に七人もの人間が住み着き、俺の想像していた甘い日常は欠片も感じられなかった。
なぜだ。どうしてこんなことになったのだ。三日三晩部屋にこもって考え抜いた俺ははたと気付いた。

俺はまだプロシュートに好きだと伝えていない。

それに気付いたとき、俺の口からは思わず笑いが漏れていた。いくら勘の良いあの男とはいえ、プロポーズもなしに、同居に誘った本当の意味がわかるはずがないではないか。なにせ俺たちは男同士なのだ。それなりの手順というものが必要だろう。

仕事机からすっくと立った俺は、おもむろにドアを開けて階段を降りた。失敗は反省してその事を前向きに利用するのが俺の信条だ。望んだ結果と違うとはいえ、幸い俺たちは同じ住居に住んでいる。そろそろ仕事から帰ってくるはずのプロシュートを出迎え、その場で愛を語ってやらねばな。俺とて腐ってもシチリアーノ。男の一人や二人口説けないわけがない。

フフフ、と不敵な笑みを浮かべながらリビングの扉を開いた俺を、ペッシが怯えたような目で見ていたようだが気にすることはない。どっかりとソファに腰掛け、組んだ両手に顎を乗せてイメージトレーニングに励む。さて、あの一癖も二癖もある男をどうモノにしてくれよう。

「必ず幸せにする。結婚しよう」……いや。男同士で結婚もなにもないだろう。そもそも暗殺者やってて幸せってなんだ。これはだめだな。

「毎晩同じベッドで寝よう」……殴られる。間違いなく殴られる。あいつも意外とロマンチストだからな。こんな直接的な表現じゃなくもっとこう……

「プロシュート。好きだ。抱かせてくれ」……ダメだ。殴られるどころかグレイトフルに死ぬことになりそうだ。何を考えているんだ俺は。

「…………あのぅ……」

ふと気付くと、先ほど怯えながら奥に引っ込んだペッシが手に何やら大皿を持って戻ってきていた。

「あの……リーダー、最近何も食ってねえから……」

そう言って前に出されたのは、美味そうに湯気を立てるカポナータ。

「起きてきたら食わせろって兄貴が…」

最後まで言わせずにガタッと立ち上がった俺は、皿ごとペッシの手を握って感動に打ち震えた。ペッシも別の意味で震えていたようだが今の俺には関係ない。プロシュートが、あのプロシュートがこの俺のために料理を作ってくれていたのだ。感動しないわけがない。

受け取った皿を傾けて、ゴクリゴクリとほとんど飲むように食べる。軽く三人前はありそうだったが正直ペロリだった。愛の為せる技だ。

綺麗になった大皿をテーブルにドンっと置いて薄ら笑う。視界の隅でビクッと跳ねたペッシは、ずりずりと後ずさって扉まで行くと、「お、オレちょっと出かける予定があって……失礼しやっす」と言い残して玄関を出た。出かける予定か……フ、ちょうど良い。二人きりのほうが話が進む。

と、なにやら外から自信たっぷりな革靴の音が聞こえてきた。間違いない。この自分に酔いきった歩き方はプロシュートだ。まずい。まだプロポーズの言葉すら決めていないのに。そわそわと指先を遊ばせて、過去に読んだ本の記憶を引っ張り出す。何かいいものはなかっただろうか……

『おっ、ペッシじゃねえか。なんだ? こんな時間から出掛けんのか? ……ぁあ? リゾットの様子がおかしい? あいつがおかしいのはいつものことだろ。ほっとけほっとけ』

何やらペッシと話している様子のプロシュート。一方俺は妄想の世界にいる。

「プロシュート。一緒の墓に入ろう」……縁起でもない。だめだ。これはだめだ。

「今日から毎日俺の下の世話を…」……ええい! 何故俺は思考が下半身に行きやすいんだ! こんなんじゃあプロシュートは……!

ダンッとテーブルに拳を叩きつけた。すると、連動するように玄関の扉が開く。プロシュートだ。思わず居住まいを正す俺。
バタン、と扉を閉めたプロシュートは、空になった大皿を見つけて口角を上げた。

「ようやく食ったか。ったく、何があったか知らねえが、お前もあんまり引きこもるなよ。俺たちギャングは体が資本だぜ」
「プロシュートッ!」

ガタッと立ち上がった俺は、ずんずんとプロシュートのほうへ歩いていく。
そして、首を傾げてこちらの様子を見ていたプロシュートの肩をガッと掴んで、口を開いた。

……が、続きが出てこない。当然だ。まだプロポーズの言葉すら決めていないのに。

目線をさまよわせて言葉を探す俺を、プロシュートは面白そうに眺めていたようだったが、しばらくすると肩に置いた手を外させてキッチンへと足を向ける。

「なんだかよくわからねえが、何か言いたいことがあるんなら考えがまとまってから話せよ。それまで紅茶でも飲んでようぜ」

紅茶、紅茶……紅茶か。

……待てよ。そうだッ!

「プロシュート!」

キッチンへ向かおうとするプロシュートの腕を掴んで引き止める。

「なんだ?」
「プロシュート、お前の淹れる紅茶はすごく美味い」
「そうか? グラッツェ」
「美味すぎてもうお前の紅茶以外は口にしたくないくらいだ」
「ハハッ、それは言い過ぎだろ」
「いや、本当だ。それほど好きなんだ。お前…………の淹れる紅茶が」
「おう」
「だから、その、なんだ……毎朝、俺のために紅茶を淹れてくれないか」

言った……!
俺は心の中で盛大にガッツポーズをした。とうとう言ってやった。なんのことはない。少し前にギアッチョから借りた日本文学の「毎朝僕のために味噌汁を作ってくれ」をアレンジしただけだ。オリジナリティも何もない。
が、プロシュートはそんなことを気にすることなく微笑みながら、いいぜ。と返してくれた。成功だ。プロポーズにプロシュー……プロシュートにプロポー……? まあどっちでもいい。とにかく成功した。
上機嫌でキッチンへと消えたプロシュートの背中を、俺は満足気に見つめたのだった。
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