作品

□ニーハイソックス
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「きっ……許可しない、許可しない、許可しないィィイ!」
「なんでだよ、メローネの選んだ服は着たんだろ? じゃあ俺のだって着てくれていいんじゃねえか?」
「嫌だっ! 嫌に決まってるだろ!? だって、だって、どう見てもその服……」

女物じゃないか……!

顔を真っ赤にしてうつむく俺の目の前には、値札を切ったばかりの真新しい服を片手に目を輝かせているホルマジオがいた。



――事の発端は数時間前。メローネに服のセンスを見咎められたイルーゾォは、彼の見立てた服を着た末にホルマジオと大喧嘩をした。

その内容は初めこそイルーゾォの不注意に苛立っているような内容だったものの、次第に論点はずれていき、最終的には「そもそも他の男が見立てた服を平気で着てるのが信じられねえ!」とまで発展した。

そのあまりの剣幕と強い押しに、そう言われればそうかもなあと逆に納得してしまったイルーゾォは、少し恥ずかしそうに「……仮にホルマジオが見立ててくれた服があったのなら間違いなくそっちを選んでたよ」と言った。

その言葉でめでたくこの喧嘩は治まったのだが……イルーゾォは、その瞬間、ホルマジオが爽やかな笑顔の中に嫌な笑みを隠したことに気付いていなかった。

我らが暗殺チームの良心は、転んでもただでは起きないのだ――



「だっ……だいたいなんでそんなもん持ってるんだよ! おかしいだろ!?」
「おかしくねえよ、お前に似合うと思って前から買っといたんだから」
「いやっ……だからそれがおかしいんだって! 俺が男なの知ってんだろ!? なんで、男の、俺に、似合うと思ったんだよっ!」
「可愛いから」

わざわざ区切って言った言葉にもさらりと返され、更にはまあまあまあとなだめすかされて下着以外を剥ぎ取られ、風呂場に押し込められてしまった。

「くそっ……! ホルマジオのやつ、ちょっと甘い顔したらこれだ……! ちくしょう、変に納得しないで鏡にでも閉じ込めちまえばよかったよ……」

ぶつぶつと文句を呟くが、まさか下着一枚で抗議に行くわけにもいかない。行ったら行ったで笑われるか押し倒されるかするのがオチだ。
自分でわかるくらいの不満たらたらな顔をしながらも仕方なく手渡されたホットパンツに足を通す。女物だからかかなりローライズな上に丈が短い。変態かっ! 一人ツッコミながら、もう一枚の服に手をかけた。

どうせ薄くて短い変態くさい服なんだろうと思っていたが、真っ白なそれは広げてみれば意外と丈が長く、思ったよりも体の線の目立たない、生地に余裕のある服だった。
一瞬この服をよこしてきた男に感動しかけたが、その感動も、そでを通した瞬間に流れ去った。

ダボッと羽織ったそれは確かに裾が長かった。長かったのだが……長すぎて、太ももに差し掛かるほどだった。その裾は計ったようにホットパンツを覆い隠し、さながらワンピースのような形になっていた。俺は愕然とした。きっとホルマジオは、スカートだけ渡しても俺が恥ずかしがって断固として着ようとしないことを見抜いていたのだろう。だからこそのこのチョイスだったのだろうが……正直、俺の真意はそこにはなかった。

脱衣場の鏡に映る自分を見やる。右を向いて、左を向いて、正面をチェック。そうして気付く。

「かっ……、可愛いな、俺……」

俺は、ダボダボとした服を身にまとって鏡に映る自分を見て頬を染めていた。まずい。新たな趣味に目覚めそうだ。
ついでに髪も女の子みたいに結い上げてみたりして……。
あ。やばい可愛い。

……が、女装に目覚めたことでホルマジオへの文句も消えてしまったかというとそうではない。むしろ変な嗜好を発掘された件についてものすごく問い詰めてやりたい。

風呂場の扉をガチャっと開けて、ドスドスとホルマジオの部屋まで戻る。
ベッドの上で退屈そうに雑誌を開いていたホルマジオは、俺がドアを開けた瞬間に飛び起きて、不機嫌さを隠そうともせずにバタンと扉を閉めた俺を、不躾な視線で上から下まで見定めて、にっこりと笑った。

「すごいぜイルーゾォ! 予想以上だ! 可愛い! マジ可愛い!」

そして嬉しそうにベタベタと触りまくる。完全にセクハラ親父のそれだ。俺はその手を乱暴に払うと心から叫んだ。

「やめてくれよっ! なんだよこの服! 恥ずかしいったらないよ!」
「お前なぁ……ご丁寧に髪まで結っといて言う台詞か? それ」
「〜〜〜〜っ! ああそうだよっ! 確かに俺は自分で自分の髪を結ったよ! それどころか鏡に映った自分が初めて可愛く思えたねっ! どうするんだ! 俺が女装に目覚めたら!」
「おっ、そしたら堂々と表をデートできるじゃねえか。いいなぁそれ、目覚めろ目覚めろ」

馬鹿かこいつは。

「ハァ……もう、冗談はそこまでにしてくれよ。なぁ、もういいだろ? ホルマジオご推薦の服も着た。こうしてノリノリで見せに来た。今日不快な思いをさせた分は十分償ったんだから、そろそろいつもの服に…」
「いいや、まだだな」

きっぱりと言い放ったホルマジオは、なにやらこの服を隠していた辺りをゴソゴソと探ると、黒くて長い袋状のものを二本、取り出してきた。

「これを俺がお前に履かせて初めて完成するんだよ、その服は。さ、わかったらほらそこ座れよ」

そう言って肩を抱きながら俺をベッドに座らせる。
座ったことでずり上がってしまった裾を両手で伸ばすように下げると、どうやらその仕草がクリーンヒットしたらしいホルマジオは「くはっ」とよくわからない照れ笑いを残してベッドに沈んだ。
今日のホルマジオは本当に変だ。俺はため息を吐きながら口をとがらせる。

「……しょうがないだろ。いっつも足なんか出さないから寒いんだよ。ねえ布団かけていい?」
「馬鹿かっ! せっかくの魅力を自分で隠すなんて馬鹿のすることだぜ!? そのまま! そのままがいいんじゃねえかっ!」

なんでそんなに必死なんだよ……。脱力しながら脚をぽんと投げ出す。エサを放られた犬のように素早くそれに飛び付いたホルマジオは、左手に握り締めていた靴下をいそいそと広げた。
その変態くさい手つきに少し引きながら、持ち上げられた足先をフラフラと揺らして首を傾ける。

「ねー……、靴下くらい自分で履けるよ」
「靴下じゃねえよ。ニーハイって言うんだと」
「どっちでもいいじゃないかそんな事。いいからさ、貸してよ。子供じゃないんだから恥ずかしいよ」
「ダメダメ。いいから大人しくしてろって、な?」

言って、膝にちゅっと唇を落とされる。は、恥ずかしいやつ……。思わず内股気味になると、嬉しそうに腿をさすられた。

「なんか……ごめんね、俺の脚。筋肉しかなくてさ。硬いだろ。もうちょっと脂肪とか付ければいいんだろうけどさ……」
「いいや、このままで十分だぜ。俺はありのままのお前が好きなんだよ、イルーゾォ」

そしてもう一度脚に口付けられた。少し感動だ。さっきは引いちゃってごめんね。俺もありのままのホルマジオを愛せるように頑張るよ。
自分の中だけで誓ってベッドの下を見る。ホルマジオは、長いニーハイを折って、器用にもつま先を通したところだった。

「折ってから履くものなの? それ」
「普通に上から履いたら大変だろ? こんなに長いのに」
「あ、そっか。……よく知ってるね、そんな事」
「おう。ニーハイの常識だぜ」

いや、だからなんでそんなこと知ってるんだって話だったんだけど……まあいいや。

すっかりとニーハイで包まれた足先を満足気に眺めたホルマジオは、俺のかかとを持ち上げて自分の膝に乗せると、両手でニーハイごと俺の足首を包むように掴み、肌を撫でるようにスルスルと滑らせた。

滑る手に従ってニーハイはきちんと履かされているんだけど……その履かせ方、やっぱり変態くさいと思う。直に脚を撫でられるよりよっぽど恥ずかしい。

だが、俺の思惑とは関係なく、必要以上に時間をかけてそのまま膝まで滑らせたホルマジオは、いったん手を離して全体を整えた。
そして膝を超えたところでまた両手で脚を包み込んだ。
……待てよ、まさか膝上までこんな恥ずかしい履かせ方をされるのか? 冗談じゃない!

「ま、待って、待ってよ、そこから上は自分でやるから…」
「だめだな、むしろ俺的にはここからが本番だ」
「や、やだよ、恥ずかしいって! 手、離し……ふあっ!」
「いいから。好きなようにやらせてくれって」

溢れる文句は敏感な内腿をちゅうっと吸われることで強制的に止められた。
思わず手を出してしまいそうになったが、先ほど自分で”ありのままのホルマジオを愛す”と誓ったことを思い出し、うう……と喉の奥で不満をかみ殺して大人しく動向を見守った。

じわじわと生地が太ももを覆い隠していく。膝下のときよりも更にゆっくりとしたいやらしい手つきだ。そのままニーハイ越しに内腿を撫でられ、思わずぴくっと反応してしまう。

「やだ……やめてよ、やっぱり恥ずかしいってば」
「恥ずかしがってるお前が可愛いんじゃねえか」
「な、なんという鬼畜……」
「ほら、グダグダ言ってるうちに終わったろ? さ、もう片足いくぞー」

そう言って、きっちりと黒い生地に包まれた足を膝から下ろすと、そこにもう片足を乗せた。そして再びいやらしい手つきで履かせていく。

「……ね、ねえ、靴下なんかさ」
「ニーハイ」
「…………ニーハイなんかさぁ、人に履かせてて楽しいの?」
「楽しい。むちゃくちゃ楽しい」
「ホ、ホルマジオって……脚が、好きなわけ?」
「いや、脚が好きなんじゃなくてお前が好きなんだよ。俺の手で可愛くなってくお前を見るのが楽しい」
「…………う、わ……」

思わぬ返答に顔が熱くなる。いつだって嘘や軽口を言わないホルマジオだからこそ、その言葉が本心から出たものだとわかって照れてしまうのだ。

「か、わいく、見える? 俺」
「おう。誰よりも」
「……化粧とかすれば女の子にも見えるかな?」
「ハハッ! もしかしたら見えるかもしれねえなあ、細いし綺麗だから」
「……そっか」

きゅ、と服の裾を握って口元をゆるませる。
同時に「よし」とひとりごちて、満足そうに履かせ終わったニーハイの左右の長さをそろえていたホルマジオに、思い切って声をかけた。

「…………ね、ねえ、ホルマジオ…」
「ん? なんだ?」
「あのさあ、……お、俺、化粧とかさ、頑張るから…」
「……ん?」
「髪も、もっとちゃんと結ぶしさ、……あんま、大股で歩かないようにするし……」
「おい、どうした? イルーゾォ。何が言いたいんだ?」
「んー……いや、だからさ、その、……ホルマジオが嫌だったら全然いいんだけど、」
「うん」

ふー……。一度呼吸を吐き出して、控えめに口を開く。

「…………このまま、デートしない?」

言ってから、あまりの恥ずかしさに耐えきれずに俯いてしまった。
……へ、変に思われたかな。でも、だって、……さっきホルマジオが言った"堂々と表をデートできる"という言葉。ほんとはちょっと……いや、すごく、魅力的に思えたんだ。

男同士だから、今まで二人で外を歩いても適度な距離を保たなくちゃならなかったし、気にしてない風を装ってたけど、ほんとはずっと、もっと側を歩きたかったんだ。

……ほんの少し顔を上げて、ちら、と目の前の男を盗み見る。思ったとおり。口を開けてぽかんとしている。当たり前だ。女装をして外を歩きたいなんて、ただの変態だもの。
焦って視線を左右に巡らせ、両手で顔を覆う。

今更ながら沸騰したように頬が熱くなった。調子に乗って何を言ってしまったんだ、俺は。
今からでも遅くない。冗談だったと早く訂正しなくては。恥ずかしさと後悔とで震える唇を必死に開いて、言葉をひねりだした。

「あっ……ごめん、違くて、俺…」

が、最後まで言い切る前にガッと肩を掴まれて言葉は引っ込んでしまった。
反対に、ホルマジオは興奮したようにコクコクと首を縦に振ると、そのままの勢いで俺を抱き締めてきた。

「いいのか!? なあ、本当にいいのか!? しよう! デート! 今すぐだ!」
「まっ! 待ってよ! 今すぐなんて無理だよそんな、服着ただけじゃあとても女には見えないし、化粧とかでごまかさなきゃなんないし、俺、化粧道具なんてもってな…」
「大丈夫、そのままで十分可愛いぜ! なんだったらプロシュートに借りよう。あいつは女装の仕事もするから化粧品くらい持ってんだろ」
「う……ん、でも、」
「なんだ?」
「…………ううん、なんでもない」
「そっか、じゃあさっさと準備しよう。せっかくだから飲み屋の予約でもしてくるか?」
「いや、飲み屋じゃないほうがいいな」
「ん? そりゃいいけどよ……どっか行きたい店でもあんのか? もう遅いし大抵の店は閉まってると思うけど…」
「店じゃなくて、その……道をさ、ただぶらぶら歩きたいんだ。手、……とか、繋いでさ」

目を逸らしながら言うと、にっこりと笑ったホルマジオはますます抱き締める力を強くした。
俺もそろそろと腕を伸ばして抱き締め返すと、嬉しかったのか額や頬にキスを落としながら、右手で頭をやさしく撫でてくれた。男らしくて大きくて、大好きな手だ。これからこの手と自分のそれを繋いで歩けると思うと、嬉しさで胸が温かくなってくる。

……だから、左手が変態くさく太ももを撫でさすっているのは気にしないようにしよう。うん。





End.
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