作品

□arrivederci
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目が覚めて一番にしたことだって? そりゃあもちろんベッドから抜け出すことさ。俺って見かけと違って色々と繊細だからね。自分の枕じゃなくちゃあ眠れないんだ。

そもそも病院のベッドなんてのは全くなっちゃいない。真っ白い壁に真っ白い天井。おまけにシーツまで真っ白ときたもんだ。最初は思ったね。俺は一人で天国にきちまったのかって。

でも天国なら俺が一人で寝てるなんてあり得ないからね。すぐに気付いたよ。どこかの最高に親切なクソ女が空気も読まずに救急車なんて呼びやがったんだってね。

え? 男かもしれないだろって?

あり得ないね。俺の人生を邪魔するのはいつだって女だったんだ。断言してもいい。あの時の毒ヘビもメスだったぜ。


で、だ。病院でいつまでも一人寝っ転がってるなんてナンセンスだろう? もちろん、隣に朝の挨拶を交わすより先に俺をぶん殴ってくれるくらいイイ女がいれば別だけど。残念ながらその時は一人だった。だから俺は抜け出したんだ。わき目も振らずに窓から飛び出した。

あれが五階や十階だったらその瞬間におしまいだったろうね。だけど俺はこうして生きてここにいる。運命だよ。下にキーをさしっぱなしにしたままのトラックが止まっていたことも幸運だった。バイク以外を運転したのなんて初めてだったけど、なかなか上手くいったよ。なんせ最初の仲間に会いにいくまでに十二回しかぶつけなかった。


ソルベとジェラート……ああ、俺たちの仲間で、俺が病院を飛び出すより二年も前にちょっとしたトラブルでおっ死んじまった奴らなんだけど。最初はあいつらに会いに行ったんだ。

あの二人、ホモ説が流れるくらい仲が良くてさ。死んだ後まで一緒に埋められてたんだぜ?
墓穴を掘ったのはホルマジオ。ギアッチョが車で運んで俺が埋めた。他のやつらは全員任務でいなかった。薄情な奴らだろ? でもそれがいいと思ったね。全員並んで祈りを捧げるなんてそんなくだらない儀式は俺たちには似合わない。さっさと埋めて、そのへんに落ちてた棒きれ一本立てて帰ってきた。

復讐が終わればちゃんとした墓を作ってやろうとは思ってたけど。それも叶わず結局は俺が墓を荒らして帰ってきた。土葬だから肉の一かけでも残ってると思ったのに、残念ながら骨しかなかった。でもせっかくだから少しだけ折って貰ってきたよ。使えるなら使ってやろうと思ったんだ。


次は……ああ、そうそう、次の場所に着くまでに、やっぱり五回ぶつけちまってさ。その時やっと気付いたんだけど、俺の左半身、麻痺して動かしづらかったんだよ。感覚が無いんだ。神経にまで毒が回ったんだろうな。でもアクセルを踏むのは右足だ。支障はないと思ったね。

そうそう、ぶつけまくった車は見た目かっこわるかったから、そのへんにあった車をちょっと失敬して乗り換えたんだけど。ひどいもんだぜ、あの野郎。少し借りるだけなのに、狂ったみたいに泥棒だなんて叫びやがって。ムカついたから轢いてやった。あいつは三ヶ月は病院から動けなかっただろうよ。でも俺だって同じくらい寝かされてたんだから平等さ。
それにこれから大きな仕事が待ってるっていうのに他人のことなんか気遣ってやれないだろ? ノリノリのロックをかけたままにしてくれてたのだけは感謝してるけど。

そういうわけで俺は、少し前にテロだかなにかで車の爆発事故があったっていう現場まで車を走らせた。巻き込まれて死んだっていう赤毛の男は近くの墓地で見つかった。できれば血液が欲しかったけど、腐りかけてて血もなにもあったもんじゃない。仕方がないから焼け爛れた皮膚だけ削いで持ってきたよ。

ま、俺は基本的に前向きだからな。この時点じゃあ計画の失敗なんて考えなかった。なぜだか全てが上手くいく気がしてさ、鼻歌さえ歌っちまったよ。


さあ、そうして次の場所だ。
こいつは大変だったぜ。なんせ肉も骨もドロドロに溶けてて跡形も残っていなかったんだからな。
せめてあのダッサイ服のひとカケラでも残っていればよかったんだけど。既にかなりの時間が経ってたからさ、なんにも残っていなかった。

しょうがないからあいつのドロドロが染み付いたタイルの表面を少し削って持ってきた。さあ、次だ。


次は簡単だったぜ。なんてったって既に血液は採取してたからな。奴らの死亡を一番に確認したのは俺さ。もちろんあいつらを殺した張本人は別として。

あいつらはディ・モールトいい死に様だった。そばに小瓶の一つでも置いとけば何もしなくても血のほうから入ってきてくれるんだからな。楽だったよ。二人分の墓穴を掘る時間も与えてくれないくらいには。

ま、元々掘る気はなかったけど。そういう面倒な仕事は全部ホルマジオに任せることにしてたんだ、俺は。その時にはもういなかったけどね。

ってわけで、血液は既に持っていたんだが……一応、線路と川に向かって十字だけは切ってきた。表向きの挨拶ってやつさ。弟分はともかく口うるさい兄貴分のほうはそういった礼儀には厳しかったからな。ついでに俺のバイクが殉職したほうに向かっても挨拶しといた。高かったんだぜ、あのバイク。


……ああ、次。次な。次からは俺が知らないうちに起きたことだから、仲間を探すことから苦労したよ。
とはいっても次の仲間は比較的すぐに見つかった。なんせそいつが次に向かうべき場所を示す写真。ペリーコロが灰にしてくれやがったそれを復元したのは俺が作ったベイビィのうちの一体だったんだからな。

時間がなかったから写真はベイビィごとギアッチョに預けて俺はバイクでプロシュートたちを追ったんだが……、今思えばあれは失敗だった。育成が中途半端だったんだ。

"イイ子"だったらあの程度、三歳児用のパズルをはめ込むようにパパッと組み換えて解読しちまうってのに、あの出来の悪い可愛いベイビィちゃんは、もう一体のベイビィが焼死するまでウンウン頭を悩ませて、俺がヘビに咬まれるその瞬間にようやく解読し終わったんだから。

でもまあ、終わったのが俺の意識が飛んじまう前でよかったよ。後だったらブチ切れたギアッチョにこっちが殺されてた。先でも後でもどっちかが死ぬことに変わりはなかったが。その時死んだのはあいつの方だった。


探して探してようやく見つけた死体は、ディモールト気持ちの悪い植物に囲まれて運河の底に沈んでた。意志を持ってるような植物だったよ、まるであいつを二度と太陽の下に出させないようにって水の底につなぎ止めてるようだった。あんな不気味な植物は見たことがないね。なんせあいつの細胞から直接生えていたんだから。俺は、植物を掻き分けながら、水でぶよぶよになったあいつの肉だけを削いできた。


最後は俺たち自慢のリーダーさ。さすがの俺も、こればっかりはさっぱり行方がわからない。過去の新聞やニュースを漁って不審な死をとげた無縁仏を一つ一つしらみつぶしに探していった。

とうとう見つけたときにはすでにひと月も経っていた。そのときはもう全身ボロボロだったさ。なんてったって不眠不休で労働三昧、おまけに不自由な半身付きだったもの。疲れないほうがおかしいだろ? でも俺はまだ休むわけにはいかなかったんだ。

誰が埋めたんだか知らないけど、吐き気がするほど夕日の綺麗なサルディニアの丘の上。そこから見える薄汚いゴミ溜めのような墓の山から特徴的な目玉を一つ拾ってきた。

これでやっと、俺たちチームは集合できたんだ。一度はバラバラになった俺たちが。呪いみたいに不運ばかりをかき集めて、クソの掃き溜めのような中で、それでも確かに生きていた俺たちが。ようやく一つに戻れたと思った。

だけど泣くのはまだ早い。俺には目的があったんだ。だからこそ、動かない半身を引きずってイタリア中を駆け回った。



俺は、あいつらの細胞を合わせて最強のベイビィを産もうと思ったんだ。




……本当は、うまくいかないと知っていたさ。俺のスタンド・ベイビィフェイスは、血液とイイ女を媒介にして子供を産むんだ。だけど血液といえる血液は二人分だけ。それも日にちが経って変質したものだ。あとは骨に肉に体液に目玉。最低のラインナップさ。
それでも全部をぐちゃぐちゃに混ぜて、小瓶に詰めれば俺には希望しか残らなかった。

希望なんてのは言い換えれば絶望さ。ビルの屋上から落ちた男が、コンクリートの一m手前で「今すぐ俺に翼が生えれば助かるんだが」なんて思うのと同じで。あり得ない空想が希望ってやつの正体なんだ。

だけど俺はその空想にすら縋ってみせた。ぐちゃぐちゃに混ぜ合わせた世界一の遺伝子と、とびきり素敵なこの世で最高に最低な女をかけあわせてベイビィフェイスを発動した。

さあ、果たしてどうなったと思う?



なあ、ジョルノ・ジョバァーナ――
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