作品

□犬も食わねえ
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「俺は思うんだがよォ」

ホルマジオがそう言ったときには、ソファは既に血まみれだった。
その床に数枚落ちているカミソリを摘まんで拾う。ばらりと崩れたそれを見て、ようやくスタンドが解除されたのだと知った。

「見かけによらず短気だよなぁ、リーダーって」

そのソファの、比較的綺麗な部分にボスンと腰掛けて隣に座る男を見る。リゾットは膝に片肘をついて、その手で顔を覆うように支えていた。後悔しているのだ。衝動のままに手を出してしまった事を。

「お前らなぁ、二週間ぶりに顔を合わせたと思ったらこれかよ。今回は何が原因だ? あんたがそんなに怒るってことは任務関連……ま、十中八九あっちが原因なんだろうがな」

落ち込む肩を軽く叩いて、自分がたった今入ってきた扉に目を向ける。
入れ違いに部屋を出たプロシュートは、さも憎々しげに顔をしかめ、口元を手で押さえて足取りも荒く洗面所に向かって行った。さすがの彼もメタリカの一撃は効いたらしい。それでもリゾットの腕に二、三日ではとても消えそうにない痛々しい鬱血痕を残したのは実に彼らしい。老化させながら強く握り潰そうとでもしたのだろう。骨にまでは響いてないといいが。ホルマジオは思った。彼らの喧嘩はいつだって後々まで響くものばかりだ。

「ひっでぇ顔だったぜ。傷もそうだが表情がまずひでぇ。顔が整ってるぶんキレた時の迫力が段違いなんだよなァ、ペッシあたりが見たらそれだけで腰抜かすぜ、きっと」

ハハッと笑って持ってきたミネラルウォーターを差し出す。
すまん、と小さく声を発したリゾットは、それをほんの少し口に含んで喉に落とした。

ボトルの口を指に引っ掛けて、ダラリと下ろした手の先にぶらさげる。わずかに丸めた背が、彼の心情をそのまま表しているようだった。

リゾットは、ちゃぷ、と揺れる水面が波を止めた頃になってようやく口を開いた。

「……代わりはいるのだ、と」
「ん?」
「代わりはいるのだと言われた」
「プロシュートにか?」
「仲間、にしても、……恋人にしても」
「……自分の代わりはいくらでもいるって?」

小さく響いたため息は、それを肯定していた。
ソファの背もたれに背中を預けてしょうがねえなあ、と苦笑したホルマジオは、こちらも持ってきていたペットボトルを傾けた。

「あいつもしょうがねえ奴だなァ……。でもまあ、そんなの言葉のあやってやつじゃねえか? あいつも本当はわかってるよ、あんたの代わりなんて誰も…」
「違う」

言って、わずかに首を振る。

「違うんだ。俺に言ったんじゃあない。あいつは、自分が、別に死んでも良いだろうと言った。俺にとっての代わりはいくらでも居るから大丈夫なのだと」
「……あいつが?」

そりゃあ珍しい。ホルマジオは思った。プロシュートは普段、そういった後ろ向きな事を口にするのを嫌う。

「今日から一週間、泊まりがけの任務があるんだ、あいつに。あまり安全な任務とは言えないから俺は、くれぐれも気をつけろと言った。そうしたら」
「……言われたのか」

難しそうに眉をひそめたホルマジオは、再び扉に目を向けるとため息を吐いた。
プロシュートがリゾットの過去を知らないはずはない。彼が身内の死に敏感なことも、代わりがいるから大丈夫と思えるような性格ではないことも知っている。だからこそリゾットは腹が立ったのだろう。心配した矢先にそんな返しをされて、強い口調で否定をしたのかもしれない。そして、それに黙っていられるほどプロシュートの気も長くはなかった。

結局のところ変なところで似た者同士の彼らは、こんな下らない事が原因でスタンドまで持ち出して喧嘩をしていたのである。
凹凸のようにしっかりと合致しているように見えて、すれ違うほどでもない部分で必ずすれ違う。その要因は、愛情表現があまりにもわかりにくいプロシュートにも、仕事以外にはあまり気の回らない……平たく言えばあまりにも鈍すぎるリゾットにもあるように思えた。

だとしたら、だ。

まとめるように膝を叩いたホルマジオは、まるきり呆れた風に言葉を投げる。

「喧嘩の原因が今の言葉の通りなら、今回はあんたが悪いと俺は思うぜ、リーダー」

むっとして顔を上げたリゾットに、慌てて両手を振って敵意がないことを伝える。こんな下らない痴話喧嘩で自分までメタリカの被害にあったらそれこそやっていられない。

「待てって、まずは話を聞けよ。プロシュートはなぁ、ありゃ拗ねてるだけなんだよ」
「……なんだって?」

腑に落ちないといった様子で顔をしかめるリゾットに、続けて言い聞かす。

「だってよぉ、あいつはこれから一週間任務なわけだろ?」
「そうだ」
「で、その仕事を割り振ったのはあんただ」
「それはそうだろう」
「ってことは、だ。それに対して腹を立てたんだよ、あいつは」
「……なにが言いたい?」

もったいぶった言い方に心底不快そうに返す。このリゾットという男は、本当に人の感情に鈍感だ。

「だから、この任務は他のやつに回してほしかったんだよ」
「……あいつに不釣り合いな任務を回した覚えはないが」
「任務じゃねえよ、日取りだ。"今日から一週間"って日取りが悪かった。なんてったってあんたが二週間の長期任務から帰ってきたのは今さっきなんだからなァ」

さあ、どうだ。そう言わんばかりにリゾットを見やるホルマジオ。
ややあって、難しそうに眉を寄せていたリゾットは何かに思い当たったのかようやくぴたりと動きを止めた。

「…………まさか。そんな子供みたいなことをあいつが?」
「思うんだよ、それが恋人ってもんだ」

まさか……。もう一度呟いたリゾットは卓上のカレンダーを見た。確かに、任務の関係上、今日を除けば彼と会ったのはきっかり二週間前だ。それほど長い期間という自覚はなかったし、今までだってそれ以上の期間離れたことも何度もあった。
だから、顔を合わせることすらないその期間にプロシュートがもどかしさを感じているとは決して思わなかったし、そもそもそんな感情を持ち合わせているようには思えなかった。それでも、もしかしたら、心のどこかでは寂しかったのかもしれない。それが、ようやく帰ってきたリゾット本人から、会った早々直々に任務を渡され追い出されては、それこそやるせない気分にでもなってしまったのだろう。思わず口をついて出てしまったのだ。俺なんか居なくてもいいんだろう、と拗ねる可愛らしい本音が。


ガンッ!


扉から聞こえた激しい音に、二人してそちらを見る。
木の扉を蹴り開けたのだろう、片足を下ろしてさも不機嫌そうに眉を吊り上げるプロシュートは、開口一番「謝らねえからな」と言った。

「俺は自分が悪いとはカケラも思ってねぇ。全部お前が悪い。正直今もハラワタが煮えくり返ってる気分だぜ、胸くそ悪い」

腕にかけていた上着に袖を通し、スーツケースを置いて時計をはめる。律儀にも出かける準備をしていたらしい。喋るたびに切れた口の端が痛むのか、ますます眉間にしわを寄せて腹いせに扉を蹴る。

「俺は今から任務に出るんだ。謝りたかったら帰ってくるまでそこで土下座でもしてろ。絶対にメールなんかしてくんじゃあねえぞ、迷惑だ。そもそもテメェが無茶な日程たてやがるからメールなんて見る暇もねぇ。そんなもんなぁ、例え緊急の用事であっても絶ッ対に見てやらねえから」

そして、そのまま荒々しい足音をたててアジトを出て行った。

残された二人はしばし扉を見ていたが、やがて苦笑しながらリゾットの肩を叩いたホルマジオは、これ以上こじれてもしょうがねえからこれだけは言っといてやるよ、と口を開いた。

「……メールじゃなくて電話してこい、だとよ」

可愛いじゃねえの。

もう一度、今度は背中を叩くと、リゾットは鬱血痕を眺めて呆れたように「そうだな」と笑った。





End.
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