作品

□短文1
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イルーゾォは全くもって扱いづらい奴だと思う。それも非常に面倒くさいタイプの。

そう思いながら俺は、目の前でもぐもぐと機械的な動きでポテトサラダを咀嚼するイルーゾォを睨みつけた。

「……おい。ちったあ美味そうに食えよ。俺のメシまでマズくなんだろうが」
「しょうがないじゃん。お前が食え食えうるせーから仕方なく食ってんだから。俺は別にメシなんて食わなくても平気なんだよ、動いてないし」
「あーあー動いてねえよなあ。不精ヒゲの一つも剃らねえで部屋にこもりっぱなしだもんなあ」
「シェーバーの充電切れたんだよ、三日前に」

そうやって、相も変わらずしかめっ面で口を動かすこいつは、もはやただの浮浪者だった。元々の陰気なツラに、寝ぐせでボサボサになったロン毛。だらしねえスウェットの上下は洗濯を重ねすぎていてダルダルだ。そこに似合わない不精ヒゲなんかを生やしたもんだから、まさに見るも無惨な状態だ。俺は思った。汚いは、作れる。

「お前さあ、そんっなにあのオッサンがいいわけ?」
「オッサンって言うなよ。ホルマジオまだ若いじゃん」
「へー、今のであいつの話だってわかったのかよ。俺ぁオッサンって言っただけで名前出した覚えはねえぞ」
「……ギアッチョさいてー」

フンッと気分を害したように鼻を鳴らして、ほとんど舌で削り取るのと変わらない速度でチビチビと付け合わせの粉ふき芋をかじる。イルーゾォのだらだらとした気分を表すように顔の前にだらりと垂れた髪の毛が今にもイモと一緒に口に入ってしまいそうで、見ているだけでオエッとなる。さいてーなのはどっちだよ、と思いながら乱暴にそれを跳ねのけてやると、俺の苛立ちが手の甲に伝わったのか、無意識ながらもイルーゾォのデコをパシッと払っていた。そう、無意識だ。多分だが。

「イテェ……」
「痛えのはテメーの格好だろ。ダセェ。普段に輪をかけてダッセェ。お前それでもイタリア男かよ、ちったあ見た目に気ィ使え」
「しょうがないじゃん、使う意味ないし。ホルマジオいないし」
「じゃあなんだよ、お前あと丸三日もそのだらけきった生活続ける気なわけ?」
「続けるかもなー。だって三日しないと帰ってこないもん。それまで仕事も入ってないしさ、ホルマジオいないし」
「いねーいねーってテメーの活動意欲はあいつ中心なのかよ」
「そーうでーす」

やる気のねえ返事に苛立って、まだ食材の残る皿を避難させてから、今度は確かに自分の意思でイルーゾォの頭に拳を落とす。ゴッと良い音をたててテーブルに沈んだ頭を睨みながら、とうに冷めたマッシュポテトをフォークでかき集めて皿の端に寄せる。そして。

「っにすんだよいきな……ッもが!」

案の定文句を言おうと顔を上げたこいつの口に流し込んでやった。

「んーッ!ん、んーッ!」
「あー聞こえねー聞こえねー。それ食い終わったら皿洗っとけよ、もちろん俺の分も」
「んんーッ!」

口元を押さえながらダンダンと右足を床に打ちつけ、んーんーと抗議を続けるアホを無視してリビングのソファに腰掛ける。ごく、と大きな音をたててようやく口の中をカラにしたアホのイルーゾォは、さも憤慨したようにドスドスと足音をたてて俺に寄ってきた。仕返しでもするつもりかよ。喧嘩じゃあいつも俺に負けるくせに。

俺は、迎え撃つべきかどうすべきか考えて、結局あいつに携帯の画面を向ける事にした。

眉をつり上げたイルーゾォは、画面を向けられて一瞬眉を寄せ、視線を左右に巡らせてから驚いたように目を見開き、俺の手から携帯を奪ってもう一度本文を読み込んだ。「はぁあ……!」だか「ふあぁ……!」だかアホ全開で無意味にキョロキョロと辺りを見回すこいつは、間違いなく間抜けだ。なんてったって俺の気遣い……ひいてはあのオッサンの気遣いを、今になってようやく理解しやがったんだから。

「な、な、な、何でギアッチョんとこにホルマジオからメール入ってんだよ!俺には!?俺には何にもなかったッ!」
「充電もしてねー携帯にメールが入るわけねえだろ」
「い、いいいいつ来たんだよこんなメールッ!」
「あー?マヌケかテメーは。上見ろよ、しっかり時間書いてあんだろ」
「あああ朝から来てんじゃん!なんで先に俺に見せないんだよッ!」
「テメーの脳みそがまるっきり死んでたからだろ。俺ぁちゃんと言ったぜ、見た目に気ィ使えってよ」
「あんなの言ったうちに入らな……ッああもう!ああもうッ!」

ダダダダ!と聞くだけでも嫌になる足音をがなり立てて、イルーゾォは階段を上っていった。勢いよく蛇口をひねる音がする。バシャバシャと顔を洗いながら、バタンバタンと開け閉めされる洗面所の引き出しの音。あれは恐らくマン・イン・ザ・ミラーを使いっぱしりにしてまでカミソリを探している音だ。アホな主人に付き合わされているスタンドを哀れに思うべきか、それとも精神エネルギーもあいつ自身のものなのだから放っておくべきか。まあ正直、どうでもいいってのが本心だ。

俺は、ソファの上に放られた俺の携帯を取って、カチカチと電源ボタンを二度押した。


『早めに任務終わったからよ、ちょっと早いけど今からそっち帰る。……ってイルーゾォに送ったんだが、一向に返事がねえんだわ。まさかあいつまた引きこもってんのか?だとしたら悪いんだけど、簡単なもんでいいからメシ食わせてやってくれよ。もちろん礼はするぜ、給料入ったらな。

じゃ、そういう事でよろしく。三時過ぎにはそっち着くって言っといてくれよ』


――現在時刻は二時五十八分。





End.
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