作品

□短文2
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俺は「買い物」というのにさして興味はない。生活用品の買い出しならまた別だが、いわゆるウィンドウショッピング。自分勝手に見て回り、目に付いたものを買って楽しむという事とは無縁なのだ。そもそも何を買っていいかもわからないし。

ただ、服というものはそういう苦労をしないと手には入らない。結局俺は、そういう時には人を頼ることにしている。

「ねえー。……ねえ、メローネ、まだ?」
「あとちょっとぉー!」

ザアザアと、激しくタイルを打ちつけるシャワー音に混ざって間延びした声を発したメローネは、もう三十分も風呂に入りっぱなしだ。俺が「一緒に買い物に来てほしい」と頼んだ時から数えたらすでに一時間。イライラしないわけがない。だけど俺は文句も言わずに扉の外。女の子じゃああるまいし、男二人で出かけるのにいったい何をそんなに手間をかけているのかと思わないでもないけれど、この間そう文句を言ってやったら、いつの間にやら話題を逸らされ、最終的にはなぜか俺のほうが「外見に気を使わなすぎ」だの「そもそもセンスがダサい」だのとさんざんバカにされたので、メローネにはもう何も言わない事にしている。きっとメローネは口先から産まれたに違いない。でなければ、俺がこうも簡単に言いくるめられちまう理由がわからない。

壁に背をつけて腕を組み、パタパタと足先を上下させる。左手首の時計を見て、刻一刻と減っていく今日という時間を数えてはハァ、とため息をつく。誘っておいてなんだけど、俺だってそう暇じゃあない。時間さえあれば読みたい本もあるし、見たいテレビもあるし、それに今日は……ホルマジオが夕飯に誘ってくれたし。

そう。今日服を買いに行くってのは、そのためなんだ。こんな事を言うと俺こそが女の子みたいだってからかわれそうだからメローネには秘密だけど、久しぶりに一緒に出かけるんだから、精一杯かっこつけて隣を歩きたい。

そんな俺の思考を遮るように、ガチャ、と風呂の内扉が開いた音がした。やっと出たのかよ、と嫌味の一つでも言おうと口を開きかけ、その瞬間に前の扉から聞こえた不吉な音に嫌な予感がした。

「ごめーん、タオル忘れちゃった。取ってきてくんない?俺の部屋から」

ボタボタと、まるで大粒の雨のごとく全身から水滴を落としまくるメローネは、シャワーを浴びたままの姿でガラガラと外扉を全開にしていた。当然、服を着るどころかタオルを腰に巻くことすらしていない。
よく「生まれたままの姿」だとかいう表現をするが、生まれた子供がこんな邪気に溢れた姿のわけはない。俺は、ずいぶんとご立派なものを隠すことなく誇示しているメローネを心底嫌な目で見てから、無言でメローネの部屋に入り、入り口付近で溜まっている洗濯済みの山の中から適当なタオルを引っ張り出して投げつけた。

「ディ・モールト グラッツェ〜」

もう一度間延びした声を残して脱衣所に引っ込んだメローネに、どっと疲れが沸いてくる。ガーガーと古いドライヤーの音をBGMに、なんで俺はこんな常識のない男に付き添いを頼んでしまったのか、と後悔にも似た感情が沸き起こる。しかし俺も単純なもので、やがてガラガラと再び扉を開けたメローネが、上から下まで奇抜ながらも実にセンスのいい服で身を包んでいるのを見て、やはりメローネに付き添いを頼んでよかった、と思ってしまう。

「どう?今日の俺の格好」
「ベネベネ。ディモールト。それが風呂前の三十分間を使って悩み抜いた結果だと思わなきゃあ手放しで褒めてもいい出来かな」
「一言多い男はいつの時代もモテないぜ、イルーゾォ」

タンタン、と手の甲で俺の肩を軽く叩いて、冗談交じりにウインクをする。その顔にはいつものマスクが無い。どうしたの?と問えば、今日の格好には合わないだろ、と至極もっともな答え。ふうん、と半ば感心して言う俺に、メローネは「さて」と向き直った。

「今日はどんな感じでいく?クール?シック?それとも思い切って可愛い系で攻めてみるかい?」
「普通でいいよ、普通で。服なんてさ、外を歩いてて恥ずかしくなければそれでいいんだ」
「なあにそれ。目標低すぎ。せっかくのデートなんだからさ、めいっぱいオシャレしていきなよ」
「いいよそんなの別…………に、……ッ!?」

かああ、と自分でも顔が真っ赤に染まる感覚があった。あまりにも驚きすぎて目の前の男を見返すと、当のメローネはニヤリと口角を吊り上げて、「あんまり俺の情報網をナメないほうがいいぜ」と俺の鼻先を指で弾いた。
なんでしってるの、とも言えず、ただただ俺は廊下に立ち尽くしていた。

ああ、やっぱり俺はメローネには敵わないみたいだ!





End.

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