作品
□自由の天使と戯れる朝
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"こういう"状況になるのはいつも決まって朝方だ。俺の部屋か、イルーゾォの部屋か、もしくは今のようなシティホテルの一室か。二人して半裸で一つのシーツにくるまっていると、それは突然やってくる。
――もぞ。もぞもぞ。もぞぞぞぞ。
……ちくっ
「って!」
「あっ……」
思わず声を上げてしまうと、俺の胸あたりで幸せそうに揺れていた頭がすまなそうに上を向く。
「……ごめん。起こした?」
「いや、あー……、いいよ、別に」
せっかくお前といるのにあんまり寝ててもしょうがねえしな。
言って、寝乱れた黒髪を梳いてやる。イルーゾォは安心しきった顔をしてまた胸に頬を寄せた。
……そしてまた、彼の"右手"が動き始めるわけだ。
「あー……のさ、イルーゾォ?」
「んー?」
「なんだその……お前のそれ、なに。クセなわけ?」
「えっ?」
なにが、と伺う顔は本気でわかっていないようだった。俺は黒髪からそっと手を離し、つつ……と指先だけで下をさす。視線で追えば、その先にはシーツに潜るイルーゾォの右手があるとわかるはずだ。更にはそれが撫でているものの存在も。
思えばイルーゾォは手遊びが好きだった。ペンを回す。紙を千切る。手持ち無沙汰になるとよく指先を動かしているのを見かける。
"これ"もその一種だとしたら、言っちゃあ悪いがこいつはだいぶ"変わっている"。
「何が楽しいかなあ〜……?そんなもん弄ってさ」
先ほどから止まることのない指先は、未だ俺の下腹部を熱心になぞっている。これだけ言うと非常にオイシイ状況にあると思われるだろうが、残念ながらそうではない。むしろ違うから困っているというところか。
いつからだったろうか。イルーゾォは、俺の性器……の少し上に鎮座する、もさもさとした陰毛にご執心なのだ。
「いや、別に楽しいわけじゃあないんだ。だけど、……なんか触りごこちがよくてさ」
なぜそこで照れ笑いをするのか。可愛いが、たいそう可愛いらしいが、やってる事はあまり可愛くはない。
今だって、電話のコードよろしく指先に巻きつけた毛をつんつんと引っ張って遊んでいる。たまに手加減を間違えて勢いよく引かれるものだから、冒頭のような悲鳴はおおよそ止まることもない。
いや、イルーゾォが楽しいんならいいけどよ。いいんだけどよ。たまには。たまにはさあ。それくらいの熱心さでもってそこの下にぶら下がっているものも弄ってみてくれねえかなって思っちまうのもしょうがねえだろ。一応俺も男なわけだし。
「いでっ」
「あ、ごめん」
そんな俺を咎めるように、再び下半身にはちくりとした痛み。いやいやごめんじゃあねえよ……今確実にブチッつったぞ……。
「なんかさ、ホルマジオのって、綺麗だよなあ」
謝罪もそこそこに、ごろんと仰向けになったイルーゾォは右手をもぞもぞとシーツから出していた。指にはまさしく今抜けたばかりの毛がヒョロッと二本ばかり絡まっている。指の腹で転がし、まじまじと観察して、またイルーゾォはヘラっと笑った。今日のこいつはよく笑う。いや、そんなことより、早く捨てなさいそんなもの。
「根元のほうが色が濃いんだよなあ。太いし。でも俺は先のほうが好きだな。綺麗な赤色。それでも髪よりちょっと濃いかな」
ごろっと今度は向こう側に寝返りを打って、いらない情報ばかりを伝えてくる。なんだか無性に恥ずかしくなって、枕元からササッとティッシュを抜き取って半ば強制的に毛を奪ってやった。「ああっ……!」ってなんでそんな悲痛な声を出すんだよしょうがねえなあお前はよォ!
「……人のものを勝手に捨てるのはよくないと思います」
「元々は俺のなので問題ありませーん」
丸めてゴミ箱に投げ捨てたティッシュの塊を恨めしそうに目で追って、イルーゾォはまたごろり。俺の胸に顔を埋めた。ずっとこうしていてくれりゃあ可愛いんだけどなあ。やはりというか何というか、再び手は下に伸びるわけで。
二人並んで寝る前に身につけた下着一枚のゴムをくぐって、窮屈そうにうごめく指はもしゃもしゃとまた毛を揉んだ。
何が楽しいかなあ。もう一度呟いて、仰向けに寝転がる。動きに従ってずるっとずり上がったシーツの向こう側からは魅力的な生足が覗いた。その付け根には昨晩脱がせた覚えのある黒色の布が一枚。
思わずじっと眺めていると、見られているのに気付いたか、恥ずかしげに両足をすり合わせてもぞもぞと器用にシーツを引き寄せる。もちろん右手は俺のパンツの中に突っ込んだまま。その仕草に、そういやあ、と俺は思う。こいつの、この細長い脚の間にも、あるんだよなあ。
「イルーゾォ、俺も突っ込んでみていいか?」
「えっ……、ど、どこに?」
昨日とおんなじ所?それとも口とか?
頬を赤らめて伺うイルーゾォに思わず脱力する。いつからそんな下品な事を口走るようになったんだお前は。俺はお前をそんな風に育てた覚えはねえぞ。
「違えって。下着の中だよ。お前が弄ってんのとおんなじ所。俺もさ、どんなもんなのか試してみてえ」
するとあからさまに嫌そうな顔をする。それでもダメもとで頼みこむと、もじもじと視線を揺らして、ちょっとだけなら、と体を寄せてきた。
じゃあ、まあ、失礼します。
何に対してだか知らねえがとりあえず断ってみてから、おもむろにシーツを捲ってみる俺。
だがしかし、いざとなってみりゃあなんとまあ、この行為の気恥ずかしいこと。性欲を掻き立てるんでもなく、性器に触れるんでもなく、下着の中に手を突っ込むだなんて思えば初めての経験だ。思春期の学生よろしく下着のゴムの前後でさ迷う俺の手を、怪訝な顔でイルーゾォが眺める。いや、どっちかってえと平気なツラでパンツに手ェ突っ込んでくるお前のほうが怪訝だからな。
意を決してゴムをくぐる。窮屈な下着の中を指先で浅く探り、ちょいと触れた棒をいたずらに撫でてやって軽く叩かれ、いよいよ本格的に陰毛を手のひらで覆った。
こいつがするようにクシャッと握り、続けてわしゃわしゃと揉み、二本の指で挟んでねじり、なんとなく一束つまんで根元から先端までつるつるとなぞってみた。
なぞりながら自然に目を閉じて、記憶の中にある、今まであまり注目していなかった彼の"毛"を思い浮かべる。
手も足も、成人男性としては毛の薄いイルーゾォだが、どういう遺伝子が働いたのか『ここ』だけは人並みに生えそろっていた。むしろ少し濃いくらいか。
それでも、考えてみるとそれがまたいやらしい。
わしゃわしゃわしゃわしゃ。なるほど。イルーゾォが弄り続けるのもわかる気がする。無心になって指を動かす俺をイルーゾォは居心地の悪そうな顔で見ている。
「……もうそろそろ、いいんじゃない?」
「ええ?お前いつももっと長い時間やってんじゃあねえか。もうちょっと我慢しててくれよ。それよりさ、この状態ちょっと窮屈なんだよな。下着ちょっと下げてもいいか?」
聞くと、もう勝手にしてよ、と投げやりな返事が返ってきた。ならばと布を半分ほど下げ、ついでに俺自身の位置もやや足のほうに下げて、「見るのまでは許可してない!」と騒ぐイルーゾォをなだめすかしてから先ほどのように指先でなぞってみた。
髪と同じく黒々とした陰毛は、揃えてみればツヤがあり、下着に圧縮されていたからかやや直毛に近い。かき分けて、毛に守られていた皮膚を見る。他の肌の部分と同じ。やはり綺麗なもんだ。
密集した毛の少し外れにヒョロッと生える細めの毛を根元からなぞり、つんと引っ張る。抜かないでよー……とやる気なさげに降ってくる声を気にせず、次の毛へ。
初めは陰毛などへの執着なんてカケラも持ち合わせてはいなかった俺も、いつしかこの短く頼りない一握りの毛の束に夢中になっていた。好きなやつのものだからか?それともそれほどの魔力が陰毛には存在するのだろうか。考えながら、ひときわ太めの毛をつんと引っ張る。つん。つんつん。つんつんつんつん……
「あ……」
ぷち。
そんな音すら聞こえた気がした。
太く、丈夫に見えたこの毛は、フタを開けてみればひどく打たれ弱かった。ほんの少しばかりの衝撃を与えられ、まるで己の役目を終えたかのように潔く、かつ何の痕跡も遺さずにするりと抜け落ちてしまった。直前に「抜くな」と釘を刺されていたにも関わらず。
思わずごめん、と呟く俺。イルーゾォに言ったのか、今も俺の指につままれたままの毛に謝ったのか自分でもわからねえ。
もう一度、今度はきちんとイルーゾォに向かって謝る。それに返ってきたのは……
「……寝てる?」
とても小さな寝息だった。
考えてみれば、昨日の夜は激しかった。久しぶりに遠地で二人同じ任務を割り当てられ、睡眠をも削って吐くほど動き回ったおかげか予定より早くケリのついた仕事に気をよくして、ついでに観光でもして帰ろうぜとわざわざ立地の良いホテルを取り直したことがそもそもの原因か。素晴らしい景色と豪華な内装にテンションの上がった俺たちは、そりゃあもう燃えに燃えたのだ。今考えりゃああれはランナーズ・ハイと呼ばれる状態だったように思う。頭の先から足の先までどろどろに絡まり合い、その状態にますます興奮して、互いにサルのごとく行為に没頭した。
そのときの疲れはイルーゾォにしたら数時間寝た程度じゃあ到底解消できるものではなかったらしく、ベッドという最高の寝具に包まれたまま柔らかく肌をまさぐられる気持ちよさについつい寝てしまったのだろうと思った。
「……しょうがねえなあ〜……、寝るんなら寝るって言えよ、風邪ひいちまうじゃあねえかよ」
苦笑して、シーツをかき集めて腹の上に乗せてやる。
下ろした下着もそっと戻して、ごろっと横に寝転がる。それでも俺の無意識が乗り移ったのか、気付けば右手には先ほど抜けたイルーゾォの陰毛が握られていた。しっかりと。
「あー……、俺もイルーゾォのことあーだこーだ言えねえじゃあねえかよしょうがねえなあ〜……」
毛根までがきっちりと存在する毛を指先で転がす。陰毛などと、汚いとしか思えなかったものまでも、イルーゾォのものだと思うとこうして観察までしてしまう事が面白い。一通り眺めてティッシュでくるむ。それをゴミ箱に投げ捨てて……
非常にくだらない考えが頭をよぎった。