作品
□うそんちゅ
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ふらりと二週間ほどどこかへ行っていたメローネは、出たときと同じく唐突に帰ってきた。
結果から言えば任務だったわけで、それもこの短期間に三つもこなしてきたのだという。
メローネはスタンドの性質上、あまり頻繁には任務を任されないが、「子供」の教育がうまくいった時には今回のようにそのまま他の任務を引き受けることもあった。
それでも、引き受けた任務が全て片付いた後には、どんなに優秀に仕上がった「子供」でも必ず消去してしまうので、消去せずに次もまた使えばいいと言ったこともあるのだが一笑に伏された。
なんでも「どの世界でも成長した『子供』は『親』の言うことを聞かなくなるものだろ」ということらしい。
自分のスタンドを制御しきれなくなるというのも変な話だとは思ったが、それについて色々言うのも時間の無駄だという気がして、その場はふうん、と我ながらつまらない返事をした気がする。
今もまた、気だるげに玄関をくぐったメローネに何かを言ってやる気にはならなくて、ただおかえり、とそれだけを言ったのだった。
――それが、今から一週間は前のことだったと思う。あれからメローネは、いつも通りの人を小馬鹿にしたような態度で俺やギアッチョをイラつかせたり脱力させたりしていた。
ただ、なんとなくだが、一人でいるときは何かを考えている素振りがあった。
だから、わざわざ扉を二度叩いてまで俺の部屋を訪ねてきたときには、何かしらの相談事があるのかもしれないと些か姿勢を正したのだ。
「珍しいな。お前がノックなんかするなんてさ」
入れよ、と促しながら読みかけていた本に栞を挟む。一人掛けのソファからベッドに腰を移して、空いた場所に座るよう促すと、軽く首を振ったメローネはニコニコ笑いながら俺の肩に腕を回し、なぜか同じくベッドに腰掛けてきた。せっかくソファを譲ってやったのに相変わらず馴れ馴れしいやつだ。肩に置かれた手をあからさまに嫌そうに眺めていると、ちっとも応えている様子のないメローネは「頼みがあるんだ」と余計に俺の肩を抱き寄せてきた。
そうなってくるとますます珍しい。メローネはいつだってわがままだ。人の予定を聞くということをしない。己の都合を優先して、お構いなしに連れ回すのが普通だ。ましてや、頼みがあると前もって言われたことなど皆無といってもよかった。
「…………なに?」
やや警戒の色を滲ませて、肩の手を払って伺う。メローネは笑顔をそのままに、今まさに払われた手でもって俺の腕をとり立ち上がった。
「俺、今からちょっと出かけるんだけど、それに付き合って欲しいんだ」
――旅費は出すぜ、と、その言葉の意味に気付かなかった自分を責めてやりたかった。
なぜか俺は、アジトから遠く離れた田舎町。北イタリアのとある家で、柔らかいソファに腰掛けて湯気の立つカップを傾けていた。もちろんそういう形をとっているだけだ。ほとほとと涙を流している女の子を前に、悠長に紅茶をすすっていられるほど俺は神経が太くない。
せいぜい近場のモールだとか飲み屋だとかに連れて行かれるとばかり思っていた俺は、いつの間にか己が遠出の列車に押し込まれていることに気が付いた。切符はメローネが持っているし、一向に降りる気配もない。向かう先を訪ねようにも上手くはぐらかされてしまい、なあなあで引っ張っていかれた先の、見知らぬアパートのチャイムを鳴らすメローネを横目で睨んでいると、開いたドアから上記の女の子が顔を出したというわけだ。
「ね、ねえ……」
扉を開いた瞬間にわずかに顔を強ばらせて、それでも一人暮らしの女性にしては些か無用心なほど普通に男二人を招き入れた彼女は、リビングに俺たちを通して言葉もなくお茶を出した後、どういうわけだか声も出さずに泣き出してしまった。思わず声をかけると、小さく横に首を振って、震える声で「ごめんなさい」と涙を拭った。
「まだ少し心の整理がつかないの。彼から話には聞いていたけど、半信半疑で。……実際目の当たりにすると、ダメね。……いきなり泣いたりしてごめんなさい」
頭を下げる動作に従って、緩く巻かれた柔らかそうな金髪が前に垂れた。ごめんなさいも何も、俺は彼女が何に対して泣いているのかがさっぱりわからない。途方に暮れて隣に腰掛ける男をつつくと、まるきり無関心を決め込んでいたメローネは、緩慢な動きで紅茶を一口すすった後、「これで満足したかい?」と鼻を鳴らした。
「お、おい……メローネ、誰なんだよこの子……」
「シッ、黙って。いいから俺に話を合わせてくれ」
メローネが顔を寄せてぼそぼそと耳打ちすると、彼女の顔がますます悲しそうに歪む。
……その理由を悟るより先に動いたのはメローネだった。
「もう理解しただろうが、念のために紹介しておくよ。彼はイルーゾォ。俺の最愛の恋人だ」
「ッメローーネーーーッ!?」
たっぷりと時間を置いて、叫んだのは俺だった。気付くと彼女はいない。呆然としている俺を気にもとめず、「紅茶、もう一杯もらえる?」と図々しくもカップを差し出したメローネのせいで、キッチンまで追いやられてしまったからだ。
「なんだよッ!なんだよ恋人って!?俺とお前がいつ恋人になっ――」
「シッ!あんまり叫ぶなよ、あの女に聞こえちまうだろ?」
「だったら何だってんだよ!だいいち何でこんなくだらない冗談を言うんだ!万が一あの子が信じたらどうすんだよッ!」
律儀にも声量を下げた俺は、そのぶん食ってかかるようにしてメローネの胸ぐらを掴んだ。
それでもメローネは飄々としたもので、「減るもんじゃないし別にいいだろ?」と肩をすくめてみせるだけだったが。
「いいわけないだろ……!どうすんだよ完全にゲイだと思われたぞ!?」
「事実じゃあないか」
「相手が違うッ!」
今思えばかなり恥ずかしい事を叫んだようだったが、とにかく俺は必死だった。
「だいたい初めからおかしいと思ってたんだ……!いつもいつも人の都合お構いなしに勝手に引っ張り回してくるお前が!俺に断ってから出かけるだなんて!」
「だからわざわざ"頼みがある"って言っておいただろう?役目は今ので理解できたはずだ。キミはここにいる間、俺の恋人役をやってくれるだけでいい」
「聞いてないぞそんなの!」
「言ったら来なかったろ?」
「当たり前だッ!」
ほとんど泣き言のような叫びを正面から受け続けるメローネは、俺があまりにも迫るものだからソファからずり落ちかけている。
「まあ、そう怒るなよ……約束通り旅費は出すんだから。そうだ、どうせならどこかに一泊して観光でも……」
「ふざけるなッ!そんなので言いくるめられると思うなよ!?」
「頼むよイルーゾォ。人助けだと思ってさ。……あの女、こうでもしないと諦めないんだ」
ハァ、とため息をつくメローネは心底面倒臭そうな表情だ。
「この間の任務でこの辺りの街に来てたときの話なんだけどさ、俺としたことがうっかりホテルの予約を忘れっちまって。ほら、この田舎町だろ?代わりのホテルも見つからないし、面倒だから飲み屋で馬鹿そうな女に声かけて一晩ベッドを借りようと思ったんだ」
「最ッ低だ!」
「勝手に言葉の裏を想像して罵ってくれるのは嬉しいが、残念ながら俺は一声かけただけでホイホイついてくるような馬鹿女を抱く趣味はないぜ」
「…………本当か?」
「まあ、趣味はどうあれ、必要に応じてそうする事はあるわけだけど」
「やっぱり最低じゃあないかッ!」
顔を赤くしてがなり立てる俺を見て、メローネはやれやれとわざとらしく首を振る。
「イルーゾォ、今注目すべきはそこじゃあないだろう?俺は、町外れの飲み屋で一人寂しく酒をすすっている女を見つけた。店主に聞くと一年前にフィアンセが死んでから、知り合いとも距離を置いて塞ぎこんでるっていうじゃあないか。自棄になってる女はいいぜ、普段から小さい脳みそがますます縮小しているんだ。少し優しくしてやるだけでコロッと落ちる」
「お前そんなこと続けてるといつか酷い目に遭うからな!」
「ああ、だから今まさに遭っている。ひどいもんだぜ、声をかけた途端に知らない男の名前を叫びながら飛びつかれたんだからな。さすがの俺もこのときばかりは後悔した。どうして直前にベイビィを消去しちまってたのかって」
そういう事じゃあないだろう。言おうとしたが、言っても無駄なことは明白だ。メローネに一般的な良識を求めるほうが間違っている。
「まあ、飛びついたといってもただの酔っ払いだ。適当に言いくるめて、住所を聞きだしてそこまで運んだ。一晩の宿が手に入ったのは予定通りだったから、有り難くベッドに潜り込んだんだ」
「あ、あの子と一緒にか!?」
「まさか。邪魔だったから俺たちが今座っているソファに転がしておいた。寝てたし」
……だめだこいつ。早くなんとかしないと。……といっても明らかに手遅れだが。
「それで、次の日だ。起きたら地獄だった。水でも飲んでとっとと帰ろうとした矢先にとっ捕まって、名前から生年月日から根掘り葉掘り聞かれたあげく、番号まで渡されてずいぶんと迫られた。どうやら彼女、俺に一目惚れしちまったようだ」
「はあ!?何だよそれ!」
「一目惚れというか、死んだ恋人に瓜二つなんだって。まったく、あの女もずいぶんな男前と付き合ってたもんだよなあ?」
「冗談言ってる場合じゃあないだろ!?だいたいそれが今の状況とどう繋がるんだ!その気がないならとっとと断って帰ってくればよかったじゃあないか!」
「それができればお前を呼んだりはしないぜイルーゾォ。彼女あれで押しが強いんだ。いいや、女ってのは誰しも多かれ少なかれ強情だからな。適当に断ろうとしても、せめて理由らしい理由を知らなくては諦めきれないって」
「だったら得意の嘘でそれらしい理由つけて納得させちまえばいいだろ!?」
「ああ。だからそうしたさ。ただ、俺もそうそう"てい"のいいウソなんて考えつかないからな。思わず言っちまったんだ。俺には恋人がいる、それも男のってね」
俺はくらくらとする頭を抱えた。
「……わかった。お前の言った最高に頭の悪い断り文句のせいでこの状況が出来上がったのはわかった。だがッ!それに俺を巻き込むのは許可しない!」
「許可しないって言ったって仕方ないだろう?ゲイならどうして私に声かけたのとか、本当は違うんでしょうとかうるさくてさあ、適当にあしらってたつもりだったのに、いつの間にかその恋人を連れてくるって約束させられちまったんだ。女って怖いよなあ〜……」
「怖いじゃあないッ!お前が言ってるのは!自分の不手際を俺に押し付けるってことなんだぞ!?」
「まあ、端的に言えばそうなるかな?」
「だったらなんでそんなに平然としていられるんだッ!」
「だって考えてもみてくれ。これが最善の方法だろう。あの女が母体に適すような性格だったら使ってやってもよかったが、残念ながらそうじゃあない。そもそも任務に関係ない人間を消すと後々面倒だ。キミがほんの少しの時間だけ、完璧な演技をしてくれればそれで済む話じゃあないか」
「そんな簡単に――!」
「しっ!」
人差し指をさっと立てたメローネは、それを俺の口に押し付けて黙らせた。どうやらさっきの女の子が戻ってきたらしい。彼女は新しく淹れ直した紅茶をこぼさないように慎重にドアを開け――俺と目が合った瞬間に、いっそわかりやすいほどに顔色を変えた。
わけがわからない。思わずメローネを見下ろすと、なぜかニヤニヤと嫌な笑みを浮かべていた。
……ちょっと待てよ。見下ろすってことは――
「ッ!」
バッと勢いよく飛び退いた俺は、自分の浅はかさを呪っていた。
今の己の姿を客観的に想像してみる。俺は、メローネに対する苛立ちと、大声を出せないジレンマのあまり……彼に必要以上に接近していたのだ。それもメローネを押し倒すような形で。
「そ、そ、……そんな風に、み、見せ付けなくてもいいでしょう……!?」
小さく震える彼女は当然のごとく誤解している。勢いでソファの端の端まで移動した俺は慌てて両手を振って弁解した。
「ち、違う!こ、これはぜんぜん……」
「まったく、彼にも困ったもんだぜ」
やれやれと首を振ってメローネは口の端を上げた。
「情熱的なところは嫌いじゃあないが、所構わず押し倒されたんじゃあ俺の身がもたない」
……俺は、遠のく意識を呼び止めるだけで精一杯だった。