作品

□敏感だからね
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ふぁ、と一つ大きなあくびをして、寝起きそのままのTシャツを捲ってボリボリと腹を掻く。オッサンそのものの仕草でアジトの階段を下りた俺は、リビングでテレビに見入っているイルーゾォの真剣な背中を見て苦笑した。ブラウン管には彼がほとんど崇拝といってもいいほど惚れ込んでいるアーティストのPVが流れている。ソファから身を乗り出すようにしてテレビに食い入る彼はあまりにも無防備で、苦笑とともにイタズラ心が沸いてきた。そろりと背後から近寄る。もちろん彼がその気配に気付かないはずはなかった。が、よほど集中しているのか振り返ることはない。しめしめと口元を弛ませて、人差し指を一本。立ててピタリと背骨の上に乗せる。そして。

「ッ!?ふぁぁあああ!!」
「うおッ!?」

スッと背筋をなぞった瞬間、思いがけない悲鳴に自分の体までもが大きく跳ねた。バッとほとんど反射的に振り向いたイルーゾォの目尻は赤い。それに加えて何かをやたらと叫んでいるが、俺はそれが、俺自身ずいぶんと慣れ親しんでいるイタリア語であると理解するのにしばしの時間を要した。状況を理解するには、あまりに衝撃が強かったのだ。イルーゾォの可愛らしい反応は。

何のリアクションも返さない俺に焦れたのか、イルーゾォはソファの背を挟んで身を乗り出し、抗議するようにドン、と俺の胸を叩いた。そこでようやく我に返る、俺。

「いい加減なんか言えよ!なんだよいきなり!驚くだろ!?」

驚くだろ。驚く。驚いた。なるほど、イルーゾォは驚かされた事に怒っているらしい。やっとこさ繋がった思考回路をもとに、やや浮ついた謝罪をつむぎ出す。
そのまま宥めるように頭を撫でてから、両手で頬を包む。ばっちりと正面から合った視線をごまかすように軽く唇を重ねると、その瞬間にもごもごと口を動かして黙りこんだイルーゾォは、頬をさらに赤らめてズルズルとソファに沈んだ。

思うにイルーゾォは俺に弱い。もちろんそれは非常に嬉しいし、可愛くもある。
ただ、そのせいで俺自身が調子に乗ってしまうのだけはいただけない。自分の弛みきった表情なんて、想像するだけでも情けないからな。

しかし、だからといって浮き足立つ心を抑えきれるわけもなく、案の定調子に乗った俺は、ソファを回り込んで、未だに背もたれに顔を埋めてへたり込むイルーゾォの隣にボスンと腰かけた。

「いや、マジに悪いな。あんまり無防備だったからよ」
「……いいよ、もう。俺も怒鳴ってごめん。びっくりしたんだよ、いきなりだったし」
「俺も驚いたぜ、お前がずいぶんと敏感なもんだから」

言うと、膝に力なくペシ、と手のひらが落とされた。あまりに可愛らしい抗議に気をよくして、今度はわしゃわしゃと頭を撫でてやれば、むくりと顔を起こしたイルーゾォは続いて拗ねたように俺の肩に額を押し付けた。

「……敏感じゃあない」
「嘘つけ、相当ビクついてたぜ?」
「あんなの、いきなりやられたら誰だってなるよ」
「じゃあもう一回やってみるか?背中貸せよ」

返事を待たずに再び指先を走らせる。途端に聞こえる押し殺したうめき声と、小さく震える体。「いきなりじゃあなかったのにな」とからかえば、仕返しだろうか。イルーゾォは同じように指先を俺の背中に走らせてきた。
が、彼ほどの敏感さを持たない俺は平気なツラで肩をすくめてみせる。性懲りもなくス、ス、と何度も挑戦しているようだが、残念ながら何の効果もない。ほらな、としたり顔でニヤニヤ笑ってみせると、「……思うにホルマジオは触り方がいやらしい」と悔し紛れに顔を歪ませた。

「なんか、やだ。すごいやらしい。身の危険すら感じる」
「なんだよそれ。俺は普通だって。お前が敏感すぎんの」
「違う」
「ほんとだって」
「……違う」

もう一度、俺の膝をべし、と叩いたイルーゾォは、むっとしたような、恥ずかしさをこらえているような複雑な表情をして階段を上がっていってしまった。

しかし俺はというとのん気なもので、ただただ「怒らせちまったなあ」とボリボリ頭を掻いただけだった。たまの軽口は俺の悪いクセ。わかっちゃあいるが、相手がイルーゾォともなると、ついつい反応が見たくなっちまう。しょうがねえ性質。自分に苦笑して、ちょうど最後の曲が終わったビデオを止める。そのままポチポチとチャンネルを変え、タイミングよく流れていた天気予報にあわせた。ご機嫌とりにデートにでも誘いだしてやろうと思ったのだ。

……おっ、いい具合だぜ。今日は一日中晴れらしい。ってことは、散歩がてらに軽く買い物でもして、映画でも見て……そうだなあ、久しぶりにホテルでもとるかな。イルーゾォもあそこのバールは好きっつってたしな。そんであわよくばその後部屋で……まあ、後のことはどうとでもなるか。

そこまで考えを巡らせた俺は、ちょうどギシリと鳴った階段に気付いて、肩ごしに声をかけた。

「イルーゾォー、さっきは悪かったよ、からかいすぎた。そのお詫びといっちゃあなんだが、よかったらこの後出かけないか?」

もちろん全部俺のおごりだぜー、とひらひら手を振るが、返事はそれでも返ってこない。そんなに怒らせたか?と一抹の不安を覚えて振り返ろうとすると、カラカラと音をたてて足元に何かが転がってきた。

「……なんだ?」

怪訝に思って腰を曲げ、床に落ちたそれを拾おうと手を伸ばす。キラキラと光を反射するそれは、

「かが、み……!?ッうぎゃあ!!!」

鏡を拾い上げたと同時に背筋に走った衝撃に、俺は情けなくもソファからずり落ちた。それを追って、背後の気配は俺の背を執拗にするするとなぞる。まさかさっきの仕返しをイルーゾォが……!?と思い、バッと振り返るとそこにいたのは。

「キミ、感度のほうは……良好ですね?」

……両手をわきわきと動かしているメローネだった。
ってことは……?

先ほど拾った鏡をおそるおそる覗き見る。と。

「俺の姿を見たのなら、お前ももうおしまいだ!……なんてね」

嫌な顔で笑うイルーゾォの姿があった。さらには俺の肘から先が鏡の中に消え……おいおいおい、まさかこりゃあ……。

「なんだ、俺のことさんざん言ってたわりにはホルマジオも結構敏感じゃあないか」
「は?な、なに言って……」
「フフっ。聞いたかい?イルーゾォ。うぎゃあ!だってさ、うぎゃあ!」
「はあっ!?バカかテメェは!そりゃあテメェの触り方が……」
「『触り方は関係ない。敏感すぎるのが悪い』……だろ?」

口の端を持ち上げたイルーゾォは、鏡の中にある俺の腕をするりとなぞり、背中には、ソファを乗り越えてきたメローネがぬるりとした動きでへばりつく。振り払おうにも両腕が固定されているため、文字通り手が出せない。

「お、おい……イルーゾォ?」
「仕返しだ、ホルマジオ。俺をからかったぶん、盛大に苦しむといい」

ダラダラと冷や汗を流す俺を見くだして、フンと鼻を鳴らすイルーゾォは本気のようだった。

「いや!ほんと!悪かったって!だからな、落ち着けイルー……」
「問答無用!メローネッ!くすぐると心の中で思ったならッ!」
「その時スデに行動は終わってるんだッ!」
「いやっ!終わってんだじゃねえだろ!やめろ!やめっばかやめ……ぎゃあああ!!!」





End.
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