作品

□スイーツ(笑)
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彼が腕を回してパキパキと肩を鳴らすときは、大抵疲れが溜まっている。今回もその姿を見ることになるだろうと思った。『偵察』は時として『暗殺』の任務よりも気を張らなければならない場合がある。

大きな体を気だるげに揺らしてドアをくぐる姿が見えた。俺に気付いて目を丸くしたホルマジオは案の定、疲れた顔で肩をぐるぐると回していた。

「おかえり、ホルマジオ。リーダーに報告は?」
「たった今してきたところだ。……それよりお前、珍しいじゃあねえか」

俺の部屋にいんのなんてさ。
驚いた顔をごまかすように笑って、来たときより若干背筋の伸びたホルマジオは、ベッドを背もたれにして座っていた俺の隣に同じように腰かけた。

「どうりで部屋行ってもいねえはずだぜ。お前なあ、こっち来てんなら来てるって言っとけよなあー?俺がどんだけ無人の鏡に向かって呼びかけたと思ってんだよ」
「自分の部屋に行くより先に俺の部屋に来るなんて思ってなかったんだよ。……二日ぶりだろ?普通はまず部屋に帰るもんだと思うけど」
「二日ぶりだからこそだって。何より先にお前の顔が見たかったの、俺は」
「…………」

思わず押し黙ると、ホルマジオはしょうがねえなあとでも言いたげに俺の肩を抱き寄せた。

「照れんなよ、今更だろ?それよりさ、右のそれ、なに?」

身を乗り出すようにしてホルマジオが指差した先には小さな白い箱があった。もちろん俺が持ち込んだものだ。

「……ケーキ」
「ケーキ?珍しいなあ、お前あんまりそういうの食わねえじゃねえか」
「俺のじゃあないよ、ホルマジオが食べると思って。甘いの好きだろ?疲れてるときは甘いものが良いって言うしさ、食ってよ。せっかく買ってきたんだ」
「……俺、お前のそういうとこスゲー好き」

言うと、ホルマジオは俺の右側に置いていた箱を嬉々として膝の上に持っていった。

「あれ、一つしか買ってねえの?」
「だって俺は甘いの好きじゃあないし」
「貰っちまっていいわけ?」
「もちろん。それね、珍しい色してるだろ。かぼちゃだって。ハロウィン仕様」
「へえ、……おっ、美味い」

豪快に素手でケーキを掴み、それをそのまま口に運んでかぶりつく。ガサツとも思える仕草も、彼がすると男らしさの象徴のように見えるのだ。同じ男としては少し羨ましくもあり、それ以上に恋人として誇らしくもある。

「食べてるものは可愛いものなんだけどなぁ……」
「うん?なに」
「ううん、何でもない。それよりさ」
「ん?」
「任務お疲れ様。今回も無事に帰ってこられてなによりでした」

目を細めて言うと、ホルマジオは笑って俺を引っ張り、唇を寄せた。



――こういう仕事をしていると、時折不安になることがある。怪我とも死とも隣り合わせている仕事だ。必ず無傷で帰る保証はどこにもない。
それでも、こうして"無事に帰還する"ことを前提に土産を買ってしまうのだから、俺もずいぶんと楽観的になったものだ。

……いや、楽観的というにはいささか願望が強い。本当のところ、"帰ってこられない"事態を想像したくないだけなのかもしれなかった。



「比較的ラクだったよ、今回は。そう危険な任務でもなかった」
「でも、すごく疲れてる」
「んー……まあ、確かに疲れてるっちゃあ疲れてるかな。丸二日、排気管で過ごしたわけだし。昼夜もわかんねーって結構クるよなあ、精神的に」

そっか、と一人ごちて、体をすり寄せる。ホルマジオはそれを嬉しそうに受け止めると、グラッツェ、とまたキスをくれた。

「すげー美味いよ、これ。どこで買ってきたんだ?」
「表通りをずっと行った先。老舗のさ、有名なケーキ屋があったろ?」
「ああ、あったな。そこの?」
「いや、そこの近くに最近できたケーキ屋のやつ。わざわざ有名店の近くに出店するくらいだからそこそこ味に自信があるんじゃあないかと思って」
「……お前ってたまにすげーひねくれた考え方するよなぁ」

呆れて笑う彼の、空いている手を両手で包む。指を絡ませて、強く握った。

「……あのさぁ」
「んー?」
「えっと、…………つ、疲れてるよ、ね?」
「ええ?なに、さっきから。俺そんな疲れた顔してるかなあ?」
「ん、……ううん、そうじゃあなくてその、……最近、してなかったから」

したいなあって思って、たんだけどさ。

無理なら断っていいよ、と言外に滲ませていたのだが、ホルマジオは少し驚いた顔をしただけで、繋いだ手を引き、俺を強く抱き寄せた。胸に顔を埋める格好になった俺の耳に、少し早まった鼓動が響く。

「今日さあ、ハロウィンだろ?」
「ん?……うん」
「お前甘いもん嫌いだし、菓子も持ってないだろうから、それにかこつけて『イタズラ』してやろうと思ってたんだけど。先にケーキ渡されちまってさあ、機会逃してたんだよなぁ。……まさかお前から誘ってくれるとは思わなかった」
「……つ、疲れてるくせに」

すると、最後の一口も豪快に口に放り込んだホルマジオは、手を軽く払ってから俺の腰に腕を回してベッドに引っ張り上げた。にっこりと笑う。

「疲れてると、俺、燃えるタイプ」

言葉通りの熱い体がのしかかり、唇をはむようなキスが贈られる。合わせるだけのキスの合間、『treat』も貰ったくせに『trick』までするんだな、と軽口の一つも叩こうと思ったのだけど、強く望んでいた手がご機嫌な様子で服の中に差し込まれ、今日初めての深い口付けを貰ってしまえば、俺はただただとろけるしかなくなるのだった。





End.

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