作品

□駄々っ子には飴を
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ジェラート曰わく、バカでアホで人を不快にさせることだけが生きがいのホルマジオは前世も前前世もその前も化石時代からずーっとダンゴムシの生まれであったので、前世も前前世もその前も化石時代からずーっと高貴な人間あるいはライオンやオオワシなどの食物連鎖の頂点に君臨し続けているジェラートのことを妬んでいるらしい。

頭に血がのぼると途端に語彙をなくすジェラートが、外出先から帰ったばかりの俺をとっ捕まえて、下品にテーブルを叩きながら身振り手振りを使って伝えてきたのはもう少しだけ冗長かつ要領を得ない話だったのだが、言い纏めると大体はこういう話だった。ふうんと一つ相槌を打つ。

「で?要するにお前はあいつに何したわけ?」

言い終わるより先に俺の鼻っ柱は不自然に潰れていた。不覚だった。でなければ、はなから噛まれるとわかっていてライオンの檻に手を突っ込むような人間がいるはずもない。

不用意な発言によって伸びた右ストレートを甘んじて受け、ますますキーキーと騒ぐライオンもとい子ザルをなだめながら思う。
精神年齢5才以下。ワガママ王子。天真爛漫にゲロ以下の邪悪が混ざってできた人間。彼を揶揄する言葉はほんの少しの思考も巡らせることなく次々と浮かんでくるが、それでも俺はこいつを見捨てようとは思わない。腐れ縁とでも言うのだろうか。幼い頃から一緒だったという情がある。まるで兄が弟を想うような。あるいは親が子を想うような。
情というフィルターを通せば、多少の我が儘もある種の魅力として映るわけだ。それゆえ俺はこいつの不条理極まりない言動にも寛大な心でもって対応できる。

だが。

「いや、悪い。言葉を間違えた。"いったい何があったんだ?"」

それを他人にまで求めるのは酷だろうとも思う。付き合いが長いだけに、ジェラートの先ほどの悪口にもならない悪口から何があったかの予想くらいはつく。どうせ、また何かやらかして怒鳴られるか殴られるかしたのだ。プロシュートしかりギアッチョしかりリゾットしかり、ジェラートが理不尽に怒りをぶつけている時は大抵こいつの我が儘が原因だったりする。唯一気になるとするならば、今回その怒りの矛先がホルマジオに向けられていることか。

長く同じチームにいて、ホルマジオの性質についてはよく知っている。自己主張の激しい人間ばかりが集まるこのチームにおいて、彼は珍しく『好戦的でない』人間だ。わかりやすく言えば放任主義。事なかれ主義。非常に面倒くさがりなのだ。ある程度の出来事までは『しょうがねえ』の一言で片付けてしまう。

それが、その男が怒るからには、それなりの理由があるはずなのだが。

多少の疑惑を胸にしまいこんで、"いったい何をして怒られたんだ"を二重三重オブラートに包んで渡すと、今度は大人しくそれを受け取ってくれたらしいジェラートは、鼻の頭にこれでもかというほどシワを集めて吐き捨てた。「いきなり文句言ってきたッ!ホルマジオがッ!」

「いきなりぃ?」

んなわきゃねえだろ、という言葉をなんとか飲み込んで、そうかそうかと頷いてみせる。怒りの中にいるこいつの話を正確に引き出すにはコツがいる。なだめすかして機嫌をとって、文句の中に出てくる情報を少しずつ切り取ってつなぎ合わせてやらなくちゃあならない。

「イルーゾォと喧嘩してたんだよッ!そしたら怒鳴ったッ!」
「喧嘩って?口だけで?」
「あと触った!」
「触っただけか?」
「た、…………叩いた、ちょっと」
「ちょっと?」
「……ちょっとだよ」

こいつが拗ねたような顔をして膝を抱えるのは、自分が悪いということを自覚している時だ。なるほど。つまりはイルーゾォにちょっかいをかけて怒られたらしい。

俺があまりに何ともいえないような顔をしていたからか、再び顔を上げたジェラートは女のヒステリーか、それこそ子ザルの悲鳴のように喉を鳴らして唾を飛ばす。

「イルーゾォが悪いんだッ!ソルベが出掛けてて僕一人なのに昼間っからイチャイチャしてさあ!見せつけてきてたんだよ!腹立つに決まってるだろ!?」
「それって手ェ出すほどの理由になるかあ?」
「なるよッ!」

だって悔しいじゃあないかッ!
理由にもなっていない理由を叫んで右腕に絡みつく。二人がくっつくようけしかけたのは自分だという事も今は頭にないのだろう。軽く息を吐き出す。

「それはさすがにワガママすぎんじゃあねーか?」
「なんでッ!」
「なんでったって、自分で思ってんだろ。悪いことしたなってさ。いつもそうだぜ。お前、後悔してると俺のほうに文句ぶつけてくるもんな」

ジェラートは、いらないプライドだけはやけに高い。それともあまりに精神が子供だからか。自分から謝ることができない。そのモヤモヤとした感情が、怒りという形で消化されていくわけだ。面倒な性格だ。付き合うにあたっては決して好ましいとはいえない。しかし。

視線を下げて表情を伺う。
そいつは図星を当てられ、ぐぅと押し黙っていた。

……そう。これだ。これがいけない。これだけ寂しそうな顔をされちゃあ、突き放してやれるはずもない。

「……まあ、悪いと思ってんならいいんじゃあねーの」

結局は、こうして投げやりな言葉を返すに留まってしまうわけだ。

「だけどまあ、これからは最低限の気ぐらい遣っとけよ。一つ屋根の下に住んでるわけだし」
「最低限っていったってさ……わかんないよそんなの」
「あとあと自分が後悔しない範囲ってこったよ。……お前がワガママなのなんて今に始まったことじゃあねーし、それでもこうして側にいるんだから、俺にはいいんだよ。いくらワガママ言ったってよ。だけど俺以外はそうじゃあねーだろ。いい加減にしねーといつかお前、」
「…………嫌われてんのかな」
「は?」

ぽつり。俺の言葉に重なるように、声が落ちた。

「い、いい加減にしてなかったから嫌われたかな」
「いやいやいや……どうした?いきなり」
「……『いい加減にしろ』って、ホルマジオにも言われた。イルーゾォと喧嘩してただけなのに、どっちも悪いのに、割って入ってきて、僕だけ怒られた」
「どっちも悪いったって、仕掛けたのはお前なわけだろ?」
「だって、よく考えてみてよ。ソルベは見たことある?あいつがわざわざ喧嘩の真っ最中に割って入って怒ったの。チーム内での喧嘩なんてしょっちゅうあるのに、誰かを怒鳴ったりさあ、そういうの、したの見たことある?」

そういやあ、と思考を巡らせてみる。誰の喧嘩であろうと、例えイルーゾォが絡んでるときだろうと、あの男は傍観するか軽くヤジを飛ばすくらいで直接行動を起こすマネはしない。火柱の立ち上る側に近付けば火の粉が降りかかるということをよく知っているからだ。燃え盛る炎に少量の水をかけるより、あらかた燃やし尽くしたところでジワジワとくすぶる残り火を踏み消すほうが楽だと知っている。半分ほど鎮火してようやく、フォローのために腰を上げるわけだ。

「ねえ、それなのに、怒ったって、絶対嫌われてると思わない?」
「そんなことねーだろ、だってホルマジオだぜ?」
「な、何それぇ!ホルマジオだからって何だっていうの!?」
「いやいや、お前こそよく考えてみろよ。あいつ、誰かを好きだとか嫌いだとか、そこまで深く考えるやつじゃあねーだろ?万が一だ、あいつが嫌うってんなら、そりゃーもう救いようもねーくらいどうしようもねえやつか、そうでなくても思わず腹立っちまうくらい自己中な……」

俺、はたと口をつぐむ。なんとなく視線を上にやって、もう一度下へ。不安と不満をはっきりと顔に貼り付けて腕に絡む金髪を見やって、いよいよ青ざめた。


……さて、どうしたもんかね。
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