偶然と出逢い

□夜と私と窓と貴方
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こつん、と窓の戸に石がぶつかる音。
相部屋の隣で眠るのを確認して、静かに窓に近づく。
格子を上げる前に少しだけ、ほんの少しだけ身なりを整える。

格子を上げるとそこから入ってくる仄かな月明かり。
一つの影も無い事を不思議に思い、隙間から辺りをうかがおうと出した顔にひやりとするものが触れた。

「っ!!?」

思わず声を上げそうになると口元をその何かに覆われ、耳元に吐息。

「静かにしないと気付かれてしまうぞ?」

ななまつせんぱい、と口の中で呼ぶ。

音にしなかった声が聞こえたのか、七松先輩は笑みを浮かべた。

「滝夜叉丸、どうかしたのか?」

その問いにいいえ、と答えると七松先輩は更に笑みを深くした。

「今宵は顔を出すのが遅かったな。起こしてしまったか?」

すぐにいいえ、と答えそうになり口をつぐんだ。

起こされていないなど、まるで待っていたと言っているようなもの。
来る事を期待して起きていたなど、言えるはずがない。

だからといって、寝ていたと言うのも可笑しな話。
本当に眠っていたのならあの小さい音に気付くはずがない。
起きている、音がするのを待っている私にしか聞こえるはずのないもの。

そこまで思い至り、気付く。
初めから答えは一つではないか。

つまり、先輩はわざと言ったのだと。
そうと判れば引っ掛かるつもりはなく。

ふいと顔を反らし口を開く。

「そうです。私は眠っていたのです。」

ちらり、視線を向けると、先輩は一瞬だけ目を見開き、すぐに笑みを浮かべた。

「そうか、それは悪い事をしたな。ならば私は部屋に戻るよ。

さ、滝夜叉丸も。
起こしてしまって悪かったな。」

先輩は私の頭をぽんぽんと軽く撫で、くるりと背を向けた。
それにはっとして、手を窓の外に伸ばして服を掴んだ。

首だけこちらを向いて、視線でどうした、と尋ねてくる。
反射で掴んでしまったので言葉につまった。

「あ、その…あの、…」

「ん?」

ふわりと向けられた笑みは昼間のそれとは全く違っていて。

「おやすみ、なさい。

……明日も、」

私だけに向けられる笑みに頬が熱くなる。

「明日も、また…」

語尾が小さくなり、俯いた。

すると、ふわり 先輩の匂い。
あぁ、抱きしめられたのだ。

「あぁ。明日も、来るよ。」

額に軽く口付け。

「おやすみ、滝夜叉丸。

明日は、起きていてくれるか?」

言いながら、笑って去って行く姿を見送る。


かたりと格子を降ろし、布団に潜る。

口付けられた額が熱くて、眠れない。

あぁ、結局。
何もかも、あの人には適わない。


(明日も、きっと眠れない。)



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