偶然と出逢い

□ごめんね。
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ちち、と鳥の囀りで目が醒める。
ゆっくりと体を起こし少し伸びをする。軽く首を回し、いつものように隣を向くと、

「…伊作?」

きちんと畳まれた布団だけがあり、主の姿はなし。
いつも俺が起こすまで寝ているのに。
珍しい事があったもんだと小さく出た欠伸を噛み殺し、顔を洗う為に手拭いを掴み部屋を出ようとした。
すると、

「おはよう、留三郎」

きちんと畳んだ手拭いを持った伊作が戻ってきた。

「お、おはようさん。」

手拭いを持った手を軽く上げ、襖の前から体をずらして中に入れてやる。

「にしても随分早いな。今日は実習だったか?」

伊作は既に夜着から忍服に着替えていて。
はてと記憶を探ってみるが思い出せず。
問えば伊作はにっこり笑って首を横に振った。

「大丈夫、留三郎が忘れてるんじゃないよ。今日は早起きしただけ」

「なんだ、後輩か。何年だ?」

なるほど後輩の実習なら俺は知らない。
だが伊作は保健委員の委員長。実習となればある程度の怪我を想定して包帯やら薬やらが要り用となる。それを用意するのも保健委員の役目。
伊作は前日に用意したものをもう一度確認する為にそういう日の朝だけは早起きをしていた。

漸く合点がいったと思ったがしかし。
直ぐに否定された。

「違うってば。薬の用意で早起きした訳じゃないよ」

ならば、もしや寝ていないのか。
不運中の不運である伊作は委員会の仕事でたまに眠れない時がある。

「昨日は何事もなく仕事は終わったからちゃんと寝たよ」

口を開く前にぴしゃりと告げられた。
ついでに留三郎よりも先に、と付け加えられる。

言われてみれば確かに。
昨日は俺の方が部屋に戻ったのは遅かった。
小平太が掘りまくった塹壕を埋めていたらあっという間に日暮れになり、後輩にゃ可哀想だと思い委員会は終了にした。しかし修繕しなければならない道具があったので夕飯の後も一人用具室で仕事をしていた。
部屋に戻ると灯りがなかったから伊作はまだ仕事かと思ったら既に寝ていて。

「今日 早起きしたのは、留三郎に言いたい事があったからなんだ」

いつの間にか正座をしていた伊作につられ、手拭いを横に置いて腰を下ろした。

「あのね、留三郎」

いつになく真剣な面持ちの伊作に、思わずごくりと唾を飲み込んだ。

「僕と別れて下さい」











「は?」

その時の俺はなんとも間抜けな顔をしていたんだろう。
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