宵闇の宴

□第一章
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キンコン、と変わり映えしないチャイムと共に、無精ひげの見苦しい担任教師が入ってくる。
教室のあちこちに散らばっていた生徒たちが、椅子を鳴らして自分の席に着く。

いつもなら、そこで静かになるはずが、その日は違った。
廊下側に座る生徒たちが、ざわざわと騒いでいる。
頬杖をつき、黒ずんだ床を見ていた少女の耳にも、そのざわめきは聞こえてきた。
誰、あれ、という言葉からするに、転入生か何かだろうか、とぼんやりと思う。

目線は動かない。
木目調の床の、継ぎ目に溜まる埃をじっと見ている。

教壇の上で担任教師の『顔に似合わないハスキーな声』が、沈黙を促す。
しかし収まらない騒ぎに、四十代前半のベテラン教師は楽しそうに折れた。

わかった、先に転入生を紹介する、という声と生徒たちの歓声。
けれど少女は、つまらなそうに嘆息した。
早く終わってほしい。

もちろんそれは、日常の中の些細な非日常に熱狂する生徒たちの声に紛れて消えたが。

開け放たれたままの扉から、短く髪を刈り上げた少年が入ってきた。
精悍、と言ってもいい輪郭に丸く大きな目がアンバランスに配置されたその少年からは、純朴そうな、悪く言えば田舎くさい印象を覚える。

それでも、悪い印象はない。
快活そうな、人懐こそうな顔立ちはマイナスイメージを与えるものではない。

「えーと、天橋夏男です。夏の男で夏男ですが、生まれは冬です。両親が奇をてらいすぎたみたいです」

どっ、と笑いが満ちた。
おそらくはもうHRが終わったのだろう。
他のクラスの人たちまでもがそこかしこから覗いている。

(あまはし、なつお……?)

記憶の端、どこか一カ所に引っかかる名前だ。
顎を支えていた指が、無意識にひくりと動く。

誘われるように、視線がずれる。
ひたすらに床を見つめていた瞳が、教壇へと向けられる。

引き合う、かのように、視線がぶつかった。

未だ続いていた自己紹介がふつりと切れた。
壇上の少年の瞳が大きく見開かれる。

唇から一度、震える吐息が漏らされる。
その隙間から零れたものが何だったのか、解らない。

不自然にもたらされた沈黙。
先ほどまでとは違う意味で、教室が静かにさざめく。

夏男の視線の先、そこにいる人物に気付いて小さな騒ぎが起こる。

「……鞠絵?」
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