その他

□少しだけ、特別な日
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自分の無力さに打ちのめされた日。

男だったら誰しも、力の至らなさに歯噛みした日があるだろう。
一騎と総士は、それが同日になる。

やたらと空が青い日だった。
高い波が埠頭に幾度も押し寄せては引き、波しぶきが舞い上がる。

まるで大きな獣の顎(あぎと)にも似て、迫る度に二人の少年はビクリとした。
そのまま、呑み込まれてしまうのではないか、と。
埠頭の先に立つ少女の、小さな体から目が離せない。

「真矢ちゃん」
「帰ろうよ、真矢ちゃん」

幼い少年たちの呼び声は、けれど真矢には届かない。
少女は身じろぎひとつせず、その波間の向こうを見つめている。

手には大きなカメラ。
すでに使い古されているそれは、今朝方船で出て行った、少女の父親のものだ。

どれだけ海を睨んでも、近づいてくる船影はない。
少女の父親が竜宮島に戻ってくることはないのだ。

同年代の子供たちの中で、群を抜いて鋭い真矢が、気付かないわけがない。

それでも少女は動かない。
ただ黙って、消えた父親の姿を求め続ける。

初めは高かった日も、段々沈み出した。
じきに夜が訪れるだろう。
それまでに少女を家に帰してあげたいと思う……のに。

ちっともぶれない少女の背中に、一騎たちは焦燥を募らせる。

結局その日、真矢は自ら動かなかった。
夜になって、探しにきた溝口に抱き上げられ、初めて大声で泣いた。

大切な少女を動かすだけの力も、泣かせてやるだけの力も無いのだ、と思い知ったあの日。

並んで俯いた少年二人は、同時に同じ決意をした。
あの少女を守れるだけの力を手に入れてやる、と。

自分の無力を思い知らされた、と同時に少女への想いを確固たるものとした。

それは少し、特別な日だった。






end

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