アルヴィン様。
そう書かれたプレートが付いた部屋の前で、ジュードはため息を吐いた。
中からは悩ましげな声。
微かに聞こえてくるそれは、嬌声以外の何者でもない。
ここは、テレビ局の楽屋前だ。
いつ誰が近くを通ってもおかしくない場所だ。
タレントの交友関係を上手くぼやかすのは、マネージャーの仕事の一つ。
けれど証人が多数いれば、隠しきるのは不可能になる。
(遊ぶならもっと、他人のいない所でやってほしい)
スタッフだけならともかく、マスコミの目や耳はどこに潜んでいるのか解らないのだから。
苛立たしい気持ちのまま、ノックをする。
どのみち、じきに本番が始まる。
「アルヴィン。本番始まるよ」
無反応。――いや、慌ただしく着衣を直す音がした。
きっと、慌てているのは相手の女優さんだけだ。
さすがに、(おそらくは)乱れた恰好の女性がいる(と思われる)室内に、いきなりは踏み込めない。
中からの反応があるまで待つ。
少しして、扉が開かれた。
開けたのは現在撮影中のドラマで、アルヴィンの相手役となる主演女優だ。
「あの、ちょっと役の事で質問に……」
ジュードの顔を見るなり、言い訳をする。
バレバレではあるが、気付かない振りをしてやるのも、大人の気遣い。
ジュードはにこりと笑って、道を譲った。
「ご苦労さまです。もうすぐ本番ですよ」
多少気まずげに頭を下げ、女優は駆け足で去って行く。
部屋の奥を覗けば、灰皿にタバコを押し付けている部屋の主。
と、そこここに散らばる、秘め事の跡。
「アルヴィン。仕事中はやめなよ」
間違って人に見られないように、すぐに扉を閉める。
決して広くはない楽屋の中、アルヴィンと二人向き合う。
「あー……悪いな」
これっぽっちも反省してない。
「……もう。いいから服直して、さっさとスタジオ行ってよ」
スタッフに見られる前に、この部屋を片付けて行かなければ。
アルヴィン一人を追い出そうと、その大きな背中を押す。
――と、扉を開いたと同時に、アルヴィンが振り返った。
ちゅ、と軽いリップ音を立てて唇を奪うその技は、まさに早技。
「んーじゃ行ってきます」
と手を振るアルヴィンの背後で、ジュードは真っ赤になって固まった。
万が一人に見られたら、女優相手どころの騒ぎじゃない。
「だから……仕事中は駄目だって……もう」
呟くジュードは、気付いていない。
いつの間にか、その行為自体は受け入れてしまっている事に。