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「ここまで来ればひとまず良いだろう。紫苑」
「え?‥あ、はい」

辺りをきょろきょろと見回した男は安堵の息を吐いてこちらを見てきた。
自分の名を知っている事に驚いて反応が遅れてしまう。
そんな自分の様子に男は笑ったみたいな悲しんだ風な表情を浮かべる。

「いい子だな」
「……」

意味がわからない。
どういう事だろう。

「あの、」
「っと紹介が遅れたな。おれは力河という。ある店の支配人代行を職業にしている者だよろしくな」
「はぁ‥」

何をよろしくするのか。
とりあえずわかったのはこの男が力河という事だけで、じゃあ力河は何故自分を連れて来たのだろうか。
わからない。
わからない事だらけだ。

“あんた何も知らないんだな”

彼から投げかけられた言葉がよみがえる。
そうだ、ぼくは何も知らない。

“じゃあ――”

「いきなりでわからない事が多いだろう。ちゃんと説明をするさ、お前には辛い話になるだろうがな」

お前の住む村が飢饉に喘いでいたのは知っているか、と聞かれた。
言葉なく頷く。
村の政を担う大人達が何人も自分の住む社へとやって来ては雨が降らず作物が実らないと言っていたからだ。
一度、三度、五度と自分のもとを訪れる大人達は次第に焦燥にかられ切羽詰まっていった。
雨が降らない。
作物が実らない。
飲み水が枯れた。
蓄えもすぐに底をついてしまう。

“このままでは…”

最後に会った年嵩の男が呻くように呟いた。

「確かにお前の住む村は飢饉だった。だが山を抜けた近くの村の人間は雨が降らない事に困ってはいたが飢饉に喘ぐまでではなかったんだよ、何故かわかるか?」
「………」
「金品で食料やその他の流通を行っていたからさ。足りない物を金で補うなんてのは当たり前の事なんだよ。山に囲まれ他を排斥した土地にはわからない事かもしれんがな」
「………」
「お前の村は閉鎖的過ぎるんだ。そこでおれは火藍…お前の母親から取り引きを持ちかけられた」
「…とりひき…?」
「そう、取り引き。火藍はあるものを売った、そしておれは金でそれを買った。紫苑、お前をな」
「それって…」

言われた言葉に頭が叩かれた様な衝撃を受ける。
それは、つまり。

「お前は売られたんだよ」
「……」
「買ったのはおれ“個人”じゃあない。さっきも言ったがおれはある店の支配人代行だ、お前はその店に買われたのさ」

聞いた事がある。
口減らしなどから子どもが商品として買われ強制労働をさせられる、と。

“それだったらまだ良いさ、けどそういうのじゃ済まない事も多い”

昔の事なのに今も明瞭に覚えている声。
どうされてしまうの?そう聞くと少しだけ思案したがやがて諦めた様に口を開いた。

“趣味の悪い奴は買った子どもを性的なおもちゃとして扱う。一番酷くて身体を開いて身体の中身を根こそぎ引っ張り出す”

言われた言葉に鳥肌が立つ。
なんて酷い…思わず出た言葉に彼は皮肉気に笑った。

“買い手はこぞって言うさ自分の持ち物をどう扱おうが自由ってな”


「ぼくは…」
「ん?」

始めて自分から力河へ話かける。

「死ぬんですか?」
「はぁ!!?」

ぼくの言葉に彼は酷く驚いたらしく頓狂な声を上げた。

「しししし紫苑!!?何でそうなる!何を考えているかはわからないがおれは決してお前の命を脅かそうなんて思ってないぞ!!むしろっ!!」

力河は言いかけてとどまる。
唇を何度か開閉させやがて静かに唇を引き結んだ。
表情が一気に硬化して感情が読めなくなる。

「そうだな…ある意味ではそれ程に辛い思いをするかもしれないな。何度も言っているがお前はある店に買われた」

そうだ、そう言っていた。

「お前にはそこで働いてもらう。その代わり食事も、衣類も、寝る場所も、教養もお前に与える」

それは、随分と破格の待遇にさえ聞こえた。

「……それは、どんな店なんですか?」
「遊郭だ」



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