企画・捧げもの

完結後のネズ紫ほのぼの
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ネズミが帰って来てから早2週間。
暑い夏を緩やかに越して暦は9月になった。
とはいえまだ暑さが残る日々なのだがそれでもだんだんと茹だる様な暑さは遠のき、少しだけ冷たい風が吹くようになってきたと感じる。
どうやらネズミは暑さに弱いらしく日が照っている時はずっと地下にある家で本を読んでいた。
人に軟弱者とか言うくせにそういう自分はどうなんだとイヌカシは言っていたけど、ぼくはあの家に帰る度にネズミが居て昔と変わらない優美な所作で本を読んでいるのを見る度に胸の奥がきゅうと痛んだ。
嬉しいのか、切ないのか、悲しいのかよくわからないこの気持ち。
きっと、ぼくはずっとネズミに恋をし続けているのだ。
だからこんなにも胸が痛む。
愛しくて愛しくて仕方ないんだ。
ネズミにそう伝えると珍しく面食らった様な顔をしてからすぐに凄く嫌そうに顔をしかめた。

「あんた…相変わらずだな」
「今も昔も君への気持ちがかわらないって事だね」
「違う、皮肉だ」
「そういう意味では君も相変わらず皮肉屋だ」

懐かしいと感じる応酬。
昔は喧嘩とも感じたけれどこういうのだって立派なコミュニケーションだった。
ネズミは形の良い眉を寄せ迷惑そうにしてまた本を読み始めてしまう。
仕方なしに自分も何か本を読もうかと立ち上がるとハムレットとクラバットとツキヨがちょこんと一冊の本の上に並んで座っていた。
どうやら“これを読め”という事らしい。
タイトルはハムレット。

「ふふっ、相変わらず好きなんだね」

チチチッ。
チッ。
早く、早くと急かされる。
椅子に座り、何度も読み込まれた本を開く。
少しだけとろりと甘いにおいがする。
ふと、視線をあげると本を読んでいたネズミがじっとこちらを見ていた。
きらきらした灰色の瞳に見つめられ恥ずかしくなる。
ただでさえ前よりも色気を増したネズミに見つめられて平常心でいれる筈がない。

「な、に…ネズミ」
「別に。ただ久しぶりにあんたの朗読を聞こうと思って」
「だからってそんな穴があくほど見なくても」
「駄目なのか?」
「駄目って言うか…」

落ち着かない。
どんどんと心臓の音が早くなる。
その間にもネズミは一瞬たりとも目をそらさない。

くすり、と笑われた。

「紫苑、顔が真っ赤」
「っ…」

何だか今日のネズミは意地が悪い。
もうお手上げだ。
たまらずにこちらから顔をそらす。
ネズミが立ち上がる気配がした。
音も無く近寄る。
再び向き直るとネズミは目と鼻の先にいた。

「まるでタコだな」
「だって…」

ネズミの手が頬に添えられる。
そこまで冷たい手でも無いのに冷たく感じるという事はぼくの顔がそれだけ熱いのだ。
だから言ったじゃないか、恋をしているのだと。
ずっとずっとネズミに。

「だって、君が好きだから」

だからこんなにも平常心を乱される。
好きすぎてこんなにもいつも通りにいられない。

ふと見ると小ネズミ達がいなくなっていた。
心の中で謝罪する。
ごめんね、後でいっぱい本を読んであげるから。
だから。

「ネズミ…」

手を引いてキスを贈る。
手に、瞼に、頬に、耳に、唇に。
いっぱいいっぱいの好きを込めて。
離れていた分を埋める様に。
これからもっと増える様に。

「大好きだよ」

抱き締められて溢れでるこの気持ちを人は幸福と言うのだろう。

END.



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