SSS

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色んな意味で痛いお話し


抱き寄せた身体の温もりは儚い。
細身のその身体を抱き締めて胸に広がるこの気持ちを何と表現するのかおれにはわからない。
無意味に震える唇でひたすらに名前を呼んだ。
紫苑、しおん、し、お、ん。

もう離さない。
二度とあんたを離さない。
そう誓う様に強く身体を抱き締めるとそれを拒むかの様に腕に力を入れた。

“だめだよ”

何が。

“だめなんだ”

どうして。

“だって人間は必ず死んでしまうんだ”

だったら。
おれも一緒に行くから紫苑。
今度はあんたを置いていかない。
寸暇息を飲む音が聞こえた。

そして。

“やっぱり”と呟かれた。
その瞬間にそれまで抱き締めていた身体が瞬時に灰へと還る。
腕の中にはもうあんたはいない。

恐怖する。
絶望する。
いない、あんたがいない。



時計は回る。
時計は戻る。


そうしてまた繰り返す。




「ネズミ…」

心配そうな瞳がおれをのぞきこむ。

「……紫苑?」
「うん、そうだよ。大丈夫?君いきなり倒れたんだよ」

確かに背中に当たる固い感触は床のそれだ。
ぱちぱちと何度も目をしばたたく。

「夢、か…?」

呆けた様に言うおれに紫苑は微苦笑を浮かべる。

「君が倒れたのは事実だよ」

ゆっくりと身体を起こして紫苑へと手を伸ばす。
紫苑も介抱する様に手をまわしてきた。
肩に触れる感触。
微かにともる温もり。
生きている人間の感触。
たまらずその身体を抱き寄せた。
歓喜する。

「紫苑」
「うん?」
「しおん」
「うん」
「しおん」
「なに…?」



「もう離さない」
「……」
「二度とあんたを離さない」
「……やっぱり」



幾度と誓うこの言葉はいったいいつ成し遂げられるのか。
紫苑は悲し気にひとつ笑って再び灰へと散った。

時計はまた零へと還る。

END.

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