SSS

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「ネズミ、ネズミの背中を流したい」
「…………」

今度は誰の入れ知恵だ。
それとも良からぬ本でも読んだのかもしれない。
紫苑は自分が小バカにするほど実は世間知らずとは言わないがしかしどっかずれた感性である風なのは否めない。
しかも何故背中を流したいんだ。

「……駄目?」
「駄目だ」
「どうして?」
「こっちがどうしてだよ。普通に嫌に決まってるだろ」
「そうだよね…」

しゅんとうなだれた紫苑を放ってさっさと風呂に入る。
流石に風呂にまでついてくる程度胸のあるやつじゃないのは知っているので逃げるが勝ちだ。
着ていた服を脱ぎ落とす。
くすんでひびの入った鏡に自分がうつる。
あの頃よりもずっとたくましく、しなやかになった身体。
しかし背中に残るケロイドが目に入って胸の中が一気に黒ずむ。
消えない。
それで良い。
消えなくて構わない。
これは復讐の消えない火だ。

「どうして」

なのにどうしてあんたはその火を消してしまおうとするんだ。
“こんな痕さえなければ”
背中を流して、そう言っていただろうか?
考えて自嘲する。
アホらしい。

風呂からあがるといまだに眉間にシワを寄せて紫苑はいた。
何でまだ不機嫌なんだ。
いや、考え事をしているだけかもしれない。
考え事をするとあれでなかなか怒っている風になる奴だ。

「なんだったんだよ。いきなり背中流したいとか」
「……いや」
「言え。誰に何を言われた」
「………」

図星か。

「最近ネズミは忙しそうにしているから、疲れているだろうし何かしてあげられないかなって言ったら自分の出来る精一杯の事をしてやれば良いんじゃないかって言われたんだ」

ベットに座る紫苑の隣に腰をおろすとぽつぽつと言葉を続けた。

「ぼくは君にもらったばかりだ。返せるものなんてない。だからこんなつまらない事で少しでも返せるんじゃないかって考えて、結局君に一蹴されてしまったけどね」

笑って手を伸ばされる。
まだ髪が濡れており肩にタオルをかけっぱにしていたのだ。
タオルを取られ優しい手つきで髪をふかれる。
止めろ、とはねのけるなねは簡単だ。
けれどあえて止めずされるがままになる。
少しずつ返そうと必死なのはこっちだというのに。
こんなでは果てがない。


果てがなくて、ずっと続けば良いのに。

「紫苑」
「ん?」

好きだよ。
こんなにも沢山の小さな幸せを君はおれくれている。
それにありがとう。
だからごめんね。

「だったら、髪結んでくれないか」

言うとすぐに嬉しそうに紫苑は笑う。

「うん、うん良いよ!!」
「そんなにはしゃぐ事かよ」
「だって君の髪あんまり触れないし」
「あんただけだよ」

トクベツな君だからこんなにもおれは気持ちを乱されるんだ。

果てがない気持ちがおれへの優しさになる。

END.


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