SSS

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お医者さんパロ。一度はやってみたかった。


病院が嫌いだ。
病気になるのも自己管理の怠慢だと思うし、もし病気になったとしても自分で治せば良い。
そう思っていた。
けれど大事な公演を控えた直前に風邪で声が出なくなりいよいよ病院へと足を運ぶはめになってしまう。
診療所の待ち合い室にはマスクをして咳をしたり熱に浮かされた様にぼーっとしている人でごった返していた。
こんな所にいるほうが具合が悪くなるんじゃないだろうか。
思わずため息が出そうだ。
手持ち無沙汰に読み始めた雑誌を読んで暫くたった頃にようやく名前が呼ばれた。
ずいぶん待たせられたものだ。

診療室に入ると細いフレームの眼鏡をかけた医者が座っていた。
若い。
ずいぶんと若い医者だ。

「こんにちは、どうぞおかけください」

微笑んで目の前の椅子を示された。
座ると今日はどうされました?と聞かれる。
喉が痛くてたまらないのだが必死に絞りだし風邪をひいて声が出ないと伝えた。
蚊の羽音の方がまだ聞こえるのではないかという声であったが相手は一度で理解してくれた様だ。
というか聞いたまんまだろう。

「なるほど、じゃあちょっと喉を見せてもらおうかな、ごめんね少しだけ口を開けてもらって良いかな?」

言われたままに口をあける。
銀の、スプーンの様な物を持った医者がスッと近づく。
薬品の匂いに混じって甘い匂いがした。
胸に下げられたプレートを見ると「紫苑」と名前が書いてあった。

「あぁ、真っ赤に腫れてしまっているね。痛かったでしょう…」
「―っ!!?」

きゅうと眉が寄り切なげな表情を浮かべる紫苑に心臓が早鐘を打つ。

「朝昼晩に風邪のお薬と、炎症を和らげるうがい薬を出しておきますね」

さらさらとカルテに恐らく出されるであろう薬の名前が書かれる。

「それじゃあ、お大事になさってください。今度はあなたの綺麗な声が聞けたら嬉しいです。…あ、いや病気になって欲しいって訳じゃないんですよ!!」

わたわたと紫苑は慌てて言葉を否定する。
その様子がおかしくて微笑む。
唇だけで“ま・た・な”と言い診療室を出る。
扉を閉める最後に頬を赤く染めた紫苑が見えた。

全く、やっぱり病院ってのは嫌いだ。
特に、あんな医者がいたんじゃ病院のくせにリピーターが出てしまうじゃないか。
まったく。
どうしてくれようか。

風邪もう一度ひかないかな…なんて馬鹿な事を考えてしまう。
恋は病で、ともすれば馬鹿につける薬なんてなかったと少しも笑えた話じゃなかった。

END.


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