SSS

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花を貰うのは嫌いだ。
そんな物を渡してどうしろというのだ。
食べられる訳でもなく枯れて腐っていく様を眺め続ける趣味なんてない。
鼻につく甘ったるい臭いも嫌いだ。
そんな物を寄越すならもっと使える物を寄越せと何度も胸の中で毒づいては渡されたささやかな花束を夜の道に捨てた事もあった。
しかし、最近は不承不承ではあるのだがそんな花をもらってありがたいと思う様になった。
ありがたい、そう、別に嬉しい訳ではなくありがたいのだ。

「ただいま」
「おかえりネズミ」

扉を開けると温かな空気と共に花の芳香が微かにかおった。

「ごめんね、思ったよりも君が早かったからまだご飯の準備してないや。今準備するよ」
「あんた、飯は?」
「まだ、だけど今日はカランやリコと一緒に花を摘んだんだ」

ほら、と指をさしたのは色気もなくマグカップに飾られた質素な花。

「最近は寒くなって花もあんまり咲いてないと思ったんだけど探せばあるんだね。まるで宝探しみたいって二人は楽しんでいたよ」

まるでなんでもない事の様に笑う紫苑に寒気がする。
紫苑は、花を食べる。
おれ達が食事をするのと同じ様にそれらを食物と扱う。
焼きもせず蒸しもせず煮もせずに生花を美味しそうには頬張り喜ぶ。

いつからだったか紫苑はおよそおれ達が食べ物だと扱う物を食べ物だと見えなくなったと言った。
最初はやはり病気を疑い、そして正気を疑った。

「ごめんね」

そう言っては作ったスープを残し、パンを残し、力河が持ってきた菓子を残した。

「ごめんね、ネズミ。食べたくない訳じゃない食べ物だと思えないんだ」

じゃあ何だったら口に入れてくれる。
飲まず食わずが一週間になろうかという頃にすがる思いで聞くと紫苑は一言やはり“花”と言ったのだ。
降参だった。
家を飛び出し、道に咲く花を引っこ抜いて紫苑に差し出した。
藁にもすがる思いでとはいうがそれが花だというのもずいぶんな皮肉だ。
最善が何なのかもわからない。
衰弱していた紫苑は差し出した花をを口に含み、噛んで飲み込み美味しいと泣いた。

「ネズミ、ごめんね。ごめんね。ごめん…」

何度も謝られた。
何度も何度も繰り返し。
それでも紫苑は花を食べる事をやめなかった。

それから時間が過ぎ、だいぶ紫苑の食事風景になれてきた自分がいる。
かたやおれは湯気のたつ温かなスープをすすり、紫苑は道端で摘んだ花を食べた。
しかし冬に近づき花々はすっかりそのなりをひそめる。
だから舞台で貰う花を最近はありがたいと思う様になった。
ありきたりの美辞麗句と共に渡される花束に笑って嬉しい、花が大好きなのだと嘘を吐けばいくらか金のあるもの達は喜んで花を貢いでくる。

「紫苑、今日はあんたにとって豪華な夕食になるぞ」

そう言っておれは客から貰った赤いバラの花束を紫苑へと差し出した。
花束に紫苑は息をのむ。

「どうしたのこれ、バラなんて」
「客から貰ったのさ。あんたが食えればと思って」
「それは、嬉しい…けどこれは君がもらったものだ。まさかあげた相手だってぼくに渡されるなんて思ってないし、ましてやそれを食べるだなんて」
「客の中には食べ物をよこす奴だっているじゃないか」
「本人にはそのつもりはないんだよ」
「じゃああんたはこれを飾って指をくわえて見ているか?」
「………」
「あんた変な所で潔癖すぎるんだ」
「………」
「どうする?」
「……食べたい」
「そうだ。素直で結構」

投げるように花束を紫苑へ渡す。
紫苑は少しだけ何かを悩んだ様な様子だったが諦めたように花束を机へと置いた。

「今スープを作るね、悪いけど味付けはネズミに頼んだ」
「ああ」

そして奇妙な晩餐が今日も始まる。
おれは野菜の入ったスープを、紫苑は花を。
ぶちりぶちりとむしってはそれを飲み込む。
しかし表情は暗くまるで食べるのを嫌がって見える。

「うまいか?」

舌よりも赤い花弁がまた一枚、のどの奥へと消えた。

「うーん…うん」
「不味いのか?」
「美味しいよ」
「しーおーん、言いたいことあるなら素直に言え」
「んー…美味しいんだよ。けどなんかね、悔しくって」
「はぁ?何で」
「君に貢がれた物がぼくを生かすってのが情けないし、悔しいしで複雑な気持ちなんだよ」
「何を生意気な事言ってるんだあんた」
「だから言わなかったんじゃないか」
「まさかそんなバカな事を考えてるとは思いもみなかったからな」
「このまま君がもらってきた花達を嫌いになってしまいそうだよ」
「それこそバカだ。これから凍える様な冬がやって来て花はもっと減る。そしたらあんたは“これを”食えるのか?」

これとスプーンひとさじのスープを差し出す。

「………」
「おれは出来もしない馬鹿な事を言う奴は嫌いだ」
「わかっている」
「わかってない。だからあんたは迷う」
「そうだ」
「じゃああんたは黙って食えば良い。そんなくだらないプライドを見せるならみっともなくても生き残る努力をしろ」
「わかっている。だからこのままでいるつもりもない」

紫苑はガタリと椅子から立ち上がり本棚の方へと小走りで向かっていく。
棚を漁る音がしたかと思ったらすぐに数冊の本を抱え戻ってきた。
それをずいと眼前へと持ってくる。
いや、近すぎてむしろ見えない。
少しだけ身体を引きよく見るとどうやら草花に関する図鑑の類いのようだった。

「せっかくこういう本があるんだ、活用しない手はない」
「…自給自足を頑張ると?」
「ちゃんとイヌカシや力河さんの所で働いてお金も稼ぐよ」
「つまり?」
「自分の事をちゃんと自分でやれるようにする。君に守られるだけじゃなく君の手助けもする」

あぁ、これは譲らない目だ。
迷いがない目は真っ直ぐ過ぎてこちらが先に目を逸らしたくなる。

「はっ、そりゃ建設的な目標だな」
「うん。色々頑張ってみるよ」
「そうしてくれ」
「だからさしあたって」
「うん?」
「腹が減っては戦が出来ぬと言うから、バラは美味しくいただこう」
「現金だな」
「悔しさを糧にしようと思って」


そして今日も紫苑は花を食べて生きる。

花は嫌いだ、いつか枯れてしまうから。
紫苑、あんたはいつか花の様に枯れるのだろうか?
なんて、言ったらもしかしたら怒るのかもしれない。
あんたはきっと言う。
花はまた咲くのだと。
芽吹き、咲いて、枯れてもまた芽吹くと。

ぶちりぶちりと花弁を食べて。
花の様にまた微笑んだ。
おれは今より少しだけ花が好きになれる様な気がした。

END.


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