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頑なに自分の事を語らなかった彼がぽそぽそと話をしてくれる様になってきたのはわりと最近の事だ。
前は僕が質問してもシカトするかはぐらかすかしかしなかったのだが最近は猫の気まぐれの様に答えてくれるようになった。
進歩だ。
近くにいるのは許しても触るのは許してくれない、そんな懐かない猫を触れた気分がする。
まぁ、実際猫に触った事なんてないんだけど。
エレベーターから降りて薄暗い廊下を進む、小さな柵を抜けて家のドアノブに手をかけた所で皿という皿が割れた音が中から響いた。
束の間の喜びが恐怖へ刷り変わる。
あぁ…なんだろう。
今日はどうしたんだろう。
冷えた指先でドアを開ける。
廊下の磨りガラスの扉の先に幽霊の様に立つ人影が見えた。
背後からバタン、と世界の閉じる音がする。

「……ただいま、おかあさん」

僕は震えながらゆっくりと鍵を閉めた。

××
シュークリームは好きだが食べるのが一際苦手だったりする。
こいつらは往々にして口に入れて噛むとクリームが溢れる、けど溢れる程のクリームが入ってないシュークリームなんてシュークリームじゃない。
だからやっぱり口や手がベタベタしてしまうのは仕方のない事なんだ。
そこは諦めよう、けどやっぱりいい歳してベタベタになりながら人前で食べたいとは思わないので人前で食べない様にしていたのだけれど。

「痛々しいね」

ボクの言葉に顔をあげて手元のシュークリームの残骸と言って差し支えない物をを凝視する。
やめろ、見るな。

「君の事だよ」
「あぁ…」

苦笑して自分の手元に視線を落とす。
見ている物はシュークリームなんかではなく浅黒に変色した自分の指先。
小指の爪は剥がれてはいないが縦にヒビが入って鬱血して曲げるのも痛そうなのだが本人は至ってケロッとしているのがまた見ていて不気味だ。

「痛いよね、少しだけど手当ての道具あるから…」
「いたい?」
「痛いでしょ?」
「……よく、わからない」
「……」

困ったように笑う、彼が、気持ち悪い。
わかっていない。
もう彼には何が痛いかもわかっていないんだ。

「前はずっと痛かった気もする、けど今は痛いってあんまり思わないよ」
「それって“おかしい事”なんだよ」
「……」

やっぱり困ったように笑う。
わからないからおんなじ表情で居続ける。

「君は痛い?」

腕を取られ引かれる。
袖からのぞくのはガーゼとネット。
中の傷がいきなり引っ張られたせいで痛む。

「っ、痛いよ」
「君のは“おかしい事”じゃないの?」
「……」
「……」
「……やめよう。あ、けど救急箱は今持ってくる」
「良いのに」
「ボクが見ていて痛いの」
「そういう意味じゃ僕も見ていて痛かったんだ」

立ち上がり何がと彼が指差すものを見る。
それはボクの食べかけのシュークリーム(の残骸)。

「君がシュークリーム好きって言ったのに食べるの下手くそなんだね」

うるさいと背中を小突くと彼は痛いよと笑った。

To Be?



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