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鬼を愛した男(前)
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◼︎◼︎

おれは捨て子だ。
盗んで、たぶらかして、人から逃げる様な人生だった。
生きる事の全てが命がけだった。
3日間ただの泥水しか飲めなかった事だってある。
屋根のある場所で寝られる事さえ稀だった。
飲まず、食わず、寝ず。
そんな日が続いていたからだろう、おれはギリギリの判断を誤ったのだ。
嵐の日だった。
暴力的な雨になけなしの体力を奪われせめて食べ物を食べなければ死ぬと店仕舞い途中の露店からパンを盗んだ。
たった一つのパンだ。
けれども店主はそれに激昂してあろうことか逃げるおれに持っていた銃を発砲した。
当てる気だったのか威嚇のつもりだったのかわからないが運悪くおれの左肩に弾が当たってしまった。
かすった程度であったがそれでも最悪には変わりない。
町の外れにある森へ逃げ込んでとうとう自分はもう駄目なんだと覚悟をした。
意識はおぼろだし。
麻痺した様な感覚にあぁ、死ぬ前ってこんな感じなんだなとか考えはじめてしまうのだから。
ただ、一つ。
心の底から死にたくなかった。
生きることはこんなに苦しいのに命を手放したくなかった。
悔しくて、悔しくて、悲しい。

「きみ…大丈夫?」

葉を打つ強かな雨音に比べ随分と穏やかな声だった。
その場においては場違いであった様に思う。

「ねぇ。ぼくの家すぐそこなんだ、おいでよ」

おいでよって、意識朦朧の人間にそんな遊びにおいでみたいなノリで言われただて答えられる訳ないだろ。
天然だ。
絶対に天然だと最後の意識が結論を出す。
雨の音がどこか遠くで聞こえた。


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