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分岐点
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ネズミは早々に仕事を終えて帰路についていた。


不意に吹く冷たい風が頬を撫でて、ネズミの肩に巻かれている超繊維布を靡かせて少しだけ鬱陶しい。


自分の暮らす穴倉の近くになった頃にふと、前方に目を向けると自分に背を向けた白髪の少年が歩いているのが見えた。

いや、厳密に言えば隠れ始めた太陽の光で少しだけ橙色に見えるのだけれど。

誰なのか。


なんて、迷う事なくすぐにわかる。

自分の命の恩人で。

奇妙な同居人で。

自分の恋人の。



――「紫苑」。



ネズミは自分に気づいていない紫苑に向かって名を呼ぼうとして思いとどまる。

そうだ。


どうせなら少しばかり驚かせてやろう、とネズミは足早に音もなく紫苑に近づいた。


次いで、西ブロックに来てから痩せたその華奢な身体を抱きしめる。

「――うぇっ!!!?

ちょ、誰っ!?」


抱きしめられた本人は驚いて(まぁ、そうだろう)慌ててこちらを振り向く。

そして、振り向いた瞬間の無防備な唇に自分の唇を重ねた。

「ネっっ!!?ん゛っ―ふ」

腕の中にいる紫苑は余りの事に暴れるが離してやる気などさらさら無い。


「ちょ、っネズ――やめっ‥」

繰り返し、何度も何度も口づければ徐々に抵抗が薄くなって最早おれの腕が無ければ立っていられないらしく体重を預けてくる。

その状態に満足したおれは最後に音をたてて頬にキスを落とし唇を離す。

「っ、はぁはぁ‥」

紫苑は顔を真っ赤にして、乱れた息を整えている。
その様子がなんとも面白くておれは口端をつり上げた。

「まるでタコだな、紫苑」
「っ―!?ネズミがいきなりこんな場所でこんな事するからだろ!!」
「それはそれは失礼いたしました。陛下があんまりに無防備に歩いてらっしゃったから」

そう言うと紫苑は心外だという表情をする。

「無防備?ただ、普通に歩いていただけじゃないか」

‥いや。
このお坊ちゃんは人(老若男女問わず)を惹き付ける質のくせに随分と無自覚でいるから。

紫苑の『普通』は信用しにくい。
どころか、信用できないと断言出来るだろう。


「それじゃあ言わせてもらうが紫苑」
「う、ん?」

絹糸の様な白髪をつまみ上げ引っ張る。

「いった!!!?」
「帽子もかぶらずに外をふらふらと歩き回るのは無防備じゃないと言えるのか?」



掌の上に抜けてしまった髪を見て紫苑はあっと声をあげた。

「忘れてた‥」


相変わらず、頭良い割にどっかヌけている。

「しかも一人でふらふら歩き回って」
「うぅ‥ごめん‥」


途端に叱られた子供の様に項垂れ謝ってきた。

そんな紫苑に思わず可愛いと思う自分はとうとう末期だろうか。




ほだされている?
そうかもしれない。

情ができてしまっている。
否定は出来ない。


(まったく)

ずいぶんと。
自分は『人間らしく』なってしまっている。


それは、ただの弱さでしかないというのに。


けれどもそれに知らないふりの見ないふり。


もう少し。
後、少しだけこの暖かい時間を紫苑と過ごしたいから。



「ネ、ネズミ‥?」

反応の無い自分を訝しんでか紫苑が恐る恐る声をかけてきた。


「あの、怒ってる‥よね?やっぱ‥」


どうやらまだ自分が怒っているのかと心配しているらしい。

が、さっきの可愛らしい姿に自分の怒りはとうに清算されている(というかそもそもそれ程怒ってはいない)。


しかし。


(期待をされたのなら―‥)


(こたえてやるのが道理だろう?)




「ああ、怒ってる。だからもう二度としない為にも――‥」



耳元に唇を寄せて低く、艶を込めて囁きかける。


「お仕置きだな。紫苑」
「ッ―‥!!?」




それは勿論。
身体に教える方面で。





nextおまけ付き(笑)。

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