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強欲な独占欲(元拍手文B)
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ちらちらと、

白い髪の隙間から、蛇の痣を縫って見え隠れする紅い痕。
自分が付けたキスマーク。

本を読む為に少し顎を下げたから髪の毛に隠れていた項に残した痕が露になった。
日が経って薄くなってしまったそれに何故だか残念な気持ちがした。

残念?

どうして?
こんな風に自分の物だという所有の証をつけてどうしようというのだ。
首を捻って自分の中に湧いた気持ちに疑問を持つ。
だがすぐに馬鹿らしいと一蹴した。
椅子に深く腰かけて読みかけの本を開く。


ちらちらと、

文字の羅列を目で追いながら後ろ姿の紫苑をみやる。
紫苑の微かな首の動きに合わせて揺れる白い髪。
そこから覗く紅い痕。


ちらちらと、

ちらちらと、

見えては隠れる紅い痕。
けれどやっぱり痕は薄くて―‥。

「ちっ」

盛大な舌打ちと共に本を投げ捨て立ち上がる。
本がばさりと床に落ちる音がしたが紫苑は聞こえなかったのか見向きもしない。
そんなに本に集中しているのか。
直に床に座りこんで熱心に本を読んでいる。
細い、器用な指がまた1ページと紙をめくる。

大股で紫苑の背後に近寄った。
けれど紫苑は気づかない。

自分が背後に立っているというのに。
全く、ここまで周りに注意がいかないのは危険過ぎるだろう。

ぺらり、とまたページがめくられる。

あ、ほら、また。
髪が揺れて見える痕。
おれは音を立てずに屈んで紫苑の項に唇を寄せる。

「――ッ!!?」

ビクっと紫苑の肩が跳ねた。
読んでいた本を落とした音がしたが構わず歯を少したてて肌を吸う。
強く、強く、しっかりと痕が残る様に。
頃合いをみて唇を離せば濃い紅い痕が出来ていた。
その事に満足感を覚えて小さく笑んでそこに触れるだけのキスを落とす。

「っ〜‥ネズミ、どうしたの?いきなり」

ようやく離れたおれに顔だけを向けて頬を染めた紫苑が怪訝そうに問うてきた。

「もう、こんな所に痕付けて‥髪の毛でも隠れないよ。多分」

痕に触れてイヌカシや力河さんに見とがめられたら何て言えば良いんだとぼやかれた。

そんなの見せてやれば良い。
見せつけて知らしてやれば良いじゃないか。
自分達はこんな関係なんだと。
所有の印を見つけて面食らう二人の様子を思い浮かべると何故だか愉快な気持ちになる。
反対に紫苑は拗ねた様に唇を尖らせた。

「…ずるいよね。君はいつも」



そう言ってぐいっと服を引っ張られて紫苑の方へ身体を引き寄せられた。

「ちょ、」
「黙って、ネズミ」

悪戯っぽく笑って紫苑がおれの首筋に唇を寄せる。
何をするかわかった時にはもう遅かった。
ちくりとした痛みが脳に届く。
どうやらキスマークをつけられたらしい。

「ふふ、仕返し」

ぺろりと首筋を舐められてそう言われた。
なんとまぁ満足そうな顔をしてやがる。
それでいてとても綺麗に笑った。

「あんたなぁ‥舞台に立つ人間にこれはご法度だろ」
「そんな肌を露出させるなんて嫉妬しちゃうね。第一ぼくにも付けたんだからネズミだって付けてもらわなきゃ」
「どんな理由だよ」

痕を付けられた所を撫でる。
まぁ、いつも首に超繊維布を巻くからなんとか誤魔化せるだろう。

「そういえば。何がずるい訳?おれが」
「…顔が」
「顔?顔が良いって?そりゃどうも」
「そうじゃなくって!!いや、顔が良いのは確かなんだけど」

相変わらず律義な奴だな、この程度の軽口流せば良いのに。
ひとまず讃辞としてありがたく受け取っておこう。

「前に見られたんだよ。イヌカシにキスマーク…」

頬を染めてうつ向きがちに紫苑がぽそぽそと喋る。

どうやらイヌカシはおれと紫苑の関係を既に知っているらしい。

「それでその時に凄い恥ずかしい思いしたからネズミにせめて目につく所に痕付けるのは止めてって言おうとしたんだ。けど、」

そこでいったん言葉を区切り紫苑が真っ直ぐにおれを見つめる。
濁りの無い瞳がおれを見据える。
あんたの目にはおれはどうやって映るのか。

「‥けど、嬉しそうで」
「誰が?」
「君がだよ。痕をつけると凄く嬉しそうなんだ」

嬉しそう?
おれが?
所有の証を付ける事が?
どうして?

そんなの――。

自分の失敗を言い当てられた気持ちになる。
頬が熱い。
わかってる。
もっとずっと最初からわかってた。
紫苑に自分の物という証をつけて喜んでいた。
そんなの自分の勝手な独占欲から来ていると。


ただ紫苑という存在を腕の中に置きたかった。
誰にも取られたく無かった。
何て笑ってしまう位に幼稚で、陳腐で、くだらない独占欲だろう。

恥ずかしい。
出来るなら今すぐに立ち去りたい。
何も言えないでいると紫苑がふわりと微笑んだ。

「でね。ぼくも嬉しかったんだ」
「は?」
「イヌカシに言われたんだよ『こんな痕をつけるなんて独占欲の強い奴だ』って。君を独占したいって気持ちはぼくだけじゃないんだって思って嬉しかったんだ」

こんなぼくは強欲かな?と紫苑は笑った。
つられておれも思わず笑ってしまう。


「なぁ、紫苑。痕を付けて良いか?」



ここに、と自分と同じ場所に触れる。
誰にも奪われ無いように。
自分の物だという見える証を付けさせて。


そして言わせて。

愛していると。


ちらちらと、

身体に咲く赤い痕にのせて。
この気持ちを君へ。

END


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