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書けない言葉
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君は今何をしているだろうか。

出せない手紙にどうしてもその単語を書いてしまう。
3、4ヶ月に1回この地から旅立ったネズミから手紙が届く。
自分が何処にいるかなどは書いておらずただ自分やクラバット達は元気だという簡素な文。
たまに皆は元気か?などとこちらを気にかける様な事も書いているのだが手紙はいつも送り返す場所など記載されておらずその質問に答えられずにいる。
けれど自分は飽く事もなくペンと便箋を取り、出せもしないのに毎回返事を綴ってしまう。


『やぁ、ネズミ。

最近はだいぶ暖かくなってきて過ごしやすくなってきた。

この前久しぶりにイヌカシの所に行ってきたんだけどシオンがだいぶお喋りになっていたよ。
初めて会った時は生まれたばかりの赤ん坊だったのにね。
そういえば初めてシオンが立った時にイヌカシから手紙が届いて写真を撮りたいと言われた時は笑ったっけ。
最近は“お母さん”も板についてきた感じだ。


力河さんも相変わらず元気で、よく母さんの所に来ているよ。
近所の子に母さんの恋人かと聞かれた時はちょっと返事に困った。
イヌカシは新しいお父さんが力河さんなんて悲劇だ、なんて言うけれどそこまで酷い話じゃないかとぼくは思うんだ。
母さんに会ってからお酒の量も減ったみたいだし。
母さんも実は満更じゃないんだろうか。

ぼくもツキヨも元気だ。
忙しいながらも日常を取り戻してきた。
たまに母さんのパン屋を手伝たりもしている。

君は――』

そこで淀みなく動いていたペンが止まる。

君は今何をしているだろうか。

書いて、どうするのだろう。
どうせ出す事も出来ない手紙なのに。
ゆるりと、指で唇をなぞる。

“再会を必ず”

だからぼくは誓いのキスとひきかえにゆっくりと、その手を放した。
なのに、その誓いのキスの感触も既におぼろになってしまった。



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