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立ち尽くしたら溶けてしまう
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「良いよ、あんたが持ってけ」と渡された黒い傘を結局使う事が無かった。
イヌカシの所から帰った紫苑は役目を果たせなかった傘を揺らしながらやっぱりネズミに渡しておけば良かったと今更ながらに思う。
朝から雨が降りそうな天気だったので傘を持っていこうという話になったのだが生憎とある傘は1本だけ。
だから自分はイヌカシの所へ届け物をするだけですぐ帰るから構わないと言ったがネズミはネズミですぐ帰る用事だからいらないと突っぱねてしまい結局は自分が借りてきてしまったのだ。
厚い黒雲に覆われた空を仰ぎ、ふぅとため息をついた。

雨は苦手だ。
理由を言葉にするのは難しいが、きっと別れのイメージがあるから。
不安になってしまう。
けれど、反面に期待にも似た感情を抱くのも事実だった。

4年前から雨の度に思い出しては期待して、悲しくなった。
希求‥していた。
そうでなければ恋焦がれていたのだと思う。
言えばきっとネズミは迷惑そうに眉間に皺を寄せるのだろうか。


「あ‥」

そんな風にうだうだと考え事をしていたら頬に水の当たる感覚。
言うまでもなく雨だ。

「降ってきちゃったか…」

ひとりごちて嘆息する。
雨が降ると犬洗いの仕事が出来なくなってしまう。
イヌカシにも会えないのも残念だし。
まぁ、濡れずに帰れて良かったと思う事にしよう。
‥そう言えばネズミは既に帰ってるだろうか?
急ぎ足で階段を降りて何時も自分達がいる部屋のドアを開ける。
部屋は暗く人がいる気配がない、つまりまだ帰っていない。

手に持った傘を見てまた外へとあがる。
雨はまだ降り続いていた。
今こそ傘の使い時だろうと音を立てて傘を広げる。
かかげ、ぽつぽつと表面が雨を弾く音を聞きながら歩き出す。
“ネズミを迎えに行こう”
どこにいるかもわからないのに漠然とそう思いながら。

息を吐き出すと白く濁った。
傘をさす為に露出した指先が寒くて痛い。
同じ様にネズミも寒がっているのだろうか。
だとしたら早く見つけてあげなくちゃ。
4年も経ち見る影も無く成長したネズミなのに何故だか今、自分の脳裏に浮かんだのは初めて会った時の弱々しいネズミだった。


ぱしゃぱしゃと水を踏み弾きながら闇雲に歩いていると向こうに人影が見えた。
店が立ち並ぶ場所からやや離れたここに来る人間は余りいない。
頭から布‥恐らく超繊維布を被っているから定かではないが多分ネズミだろう。
傘だから視界不良になりどうやら追い越してしまっていたらしい。
慌ててその背中を追う。

「ネズミ!」
「…紫苑」

意外そうな表情を浮かべてネズミが振り返った。

「良かった、やっぱりネズミだった」

これでネズミじゃなかったらちょっと恥ずかしかっただろうと今更ながらに思う。

「‥あんた何してるんだ」
「ん?雨が降ってきて、ネズミ傘持って無かったと思ったから。お迎え」

はい、と自分がさしている傘へネズミを入れる。
1人だとそうでもないがやはり2人だと一気に狭くなった。
けれど今日は一際寒いので近くの方が心地良い。
そしてもっと触れあったらきっとそれ以上に温かいのだろう。

「今日は寒いね」

吐き出した息が白かった。
鼻の頭がジンと痛い、きっと寒さに赤くなってしまっているに違いない。

「だから、早く帰ろう。ネズミ」

ネズミの綺麗な手を取り引く。
やはりネズミの手氷の様に冷たくなっ
勢いで手を繋いでしまったが子供みたいな扱いをするなと叱られて手を振り払われたりしてしまったらどうしよう。
何を言われるのかと急に不安になる。
ややあって無言だったネズミはふっと息を吐き出した。
もしかしたら笑ったのかもしれない。

「‥あんたって本当、子ども体温」
「うるさい」

拗ねた様な憎まれ口にむっとして返す。
自分よりも高くなったネズミの顔を見上げると、何故だか泣き出してしまいそうな顔をしていた。
ネズミの指に力がこもる。

どうしたの、と聞くのがはばかられ自分も更に指先に力を込めた。
ネズミの存在を確認するように。
ネズミに自分はここにいるよと主張するように。
触れあった指先から溶けていくような錯覚に目眩。


あぁ、こんな気持ちは雨のせいだ。
ほんの少しの感傷を雨のせいにして、たまには君に寄り添い合いたい。


END

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