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かわいいひと(元拍手文C)
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■■ ■■
たまに帰りが遅くなる時がある。
そういう時は最初に紫苑に伝えてあるから大概は寝ている事が多い。
たまに遅くまで本を読んでいる事もあるが、規則正しい生活リズムなのか、あるいはただ単に子どもだからなのかは定かではないが睡魔に負けて本を抱えながら床で寝ている事もしばしばだ。
その時は容赦なく叩き起こす時もあるし抱き上げてベッドに放り投げる時もある。
今日は床かベッドか、はたまた珍しく起きているか。
細く笑ったような三日月を見上げながら帰路につく。
鼻が痛く感じる程に寒い夜、けれど何故か心は温かい。


「ただいま」

自分のねぐらに帰れば電気は既に消えていた。
どうやら今日は床ではなくきちんとベッドで寝ているらしい。
暗い室内も歩き馴れた部屋だ。
音もなくベッドへ近づき紫苑を窺う。
まだ寝ついたばかりなのか寝乱れた様子は無く毛布にくるまって穏やかな寝息をたてている。
きちんとおれが寝るスペースがあるようにと端っこで寝ておりこのままでは床に落ちるのも時間の問題だろう。
全く、結局それでは意味がないだろうにと苦笑する。
肩をつかんで身体を反転させベッドの中央へと寄せやった。

暗闇に目が慣れてくると薄暗い闇の中で紫苑のあどけない寝顔が見えてきた。
4年前よりも大人になったが未だに幼さが残る顔。
そっと触れればやはり温かい。

「……」

思わず、と言うのか。
つい悪戯心に火がつく。

ベッドへと腰掛け、紫苑へと被さり唇を重ねた。
無防備な唇は他者の侵入をあっさり許し悪戯な舌に蹂躙される。

「んぅ、ァ‥」

くすぐったいのだろう、いやいやをするように顔が背けられた。
だが懲りずに今度は晒された白い首にゆるく歯をたてる。
さて、痕を見える所につけるなと注意されたのはいつだったか。
そんな形ばかりの思案に自分自身で白々しいと笑い飛ばす。


「ん‥」

流石に紫苑も気付いたらしく伏せられていた睫毛がぴくりと揺れた。

「ねず、み?」
「‥ああ。ただいま紫苑」

うすらと目を開けて自分を見るも焦点は結ばれず夢うつつな状態らしい。
けれどおれの返事に気をよくしたのか顔をふにゃりとゆるめる。

「おかえりなさい」

紫苑の腕はが伸びてきておれをベッドへ引き入れる様に抱き寄せてきた。

「ちょ、紫苑おれまだ着替えてもいないんだけど」

慌てて起き上がろうにも再び船を漕ぎはじめた紫苑はいったいどこの大海原まで行ってしまったのか、再び眠りへとついてしまった。
しかもおれをがっちりと固定して。

「…………」

振り払えば恐らくこの細腕の拘束なぞすぐにとけるだろう。
けど、それをしないのは何故なのか。


紫苑の体温が思いの外心地よかったからだろうか。
はたまた自分が面倒くさがってこの状況を良しとしたのか。
もしからしたら朝起きた紫苑がこの状況を見てびっくりする様を見たいという好奇心からかもしれない。


いや、本当はわかっているんだ。

「‥全く、おれはどこにも行かないってのに」

『今は』


言い訳の様な独り言を噛み殺し自分が寝やすい様に位置を決めて横になる。

「本当にあんたはかわいい奴だよ」

恐らく最初に絆されたおれが負けなのだろう、と苦笑した。


END.


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