「約束ダ。トヴァラシュ…」
君は憎んでいるだろう、この私を。
君を裏切り、君を利用し、君を殺そうとしている私を。
涙―A Tear―。
「走ってください!閣下!!」
エステルはイオンを庇うようにしながら、街中の小道を走っていく。追っ手から逃れる為に。
エステルに手を引かれながらイオンは俯き、胸が痛んでいるのを抑える。
何故ダ、何故、汝はその事を余に打ち明けなんだ?
私を信じろと言ったのは汝ではないか、ラドゥ…
「閣下?大丈夫ですか…?」
「…あぁ、大事無イ。」
息切れをしているエステルを見て、イオンは小さな罪悪感を覚える。
「エステル…すまヌ、余が…」
「違います、閣下!!私は勝手についてきて勝手に閣下にお手をお貸ししているんです。だから閣下が誤ることじゃありません。」
エステルは真っ直ぐな瞳で此方に告げてきた。なんとも光ある瞳。
余にもその瞳があれば、ラドゥの事を分かってやれたのであろうカ?
考えても、考えても、自分が悪いんだとイオンは胸を痛めた。
相棒があんなに思い、悩んでいたとは知らずに我が道を歩いて、ラドゥの気持ちを考えもしなかった、と。
「こ、ここまで来れば大丈夫だと思いますけど……」
一息ついて、足を止めた瞬間、丁度エステルの頭上から何かが落ちてきた。
瞬間、エステルは気を失い、崩れるように倒れる。
「…エステル?!」
駆け寄って様子を見ようにも、それは背の高い影によって阻まれた。
「ラ、ラドゥ…。」
イオンは相手の姿に浅くツバを飲み込む。
「イオン、何度も言っているように、君には死んで貰わないと困るんだ。」
「……何故、何故じゃラドゥ!!何故…」
「君が思った通りのヤツじゃないんだよ、私は。イオン、君が信頼を置いていた相手は薄汚い裏切りモノだった。ってわけさ…」
イオンはその言葉を否定するように首を振った。
殺される事が恐いわけでもないのに、何故こんなに震えているんだろうか。
「ラドゥ…」
瞳に涙をためて、イオンは相棒の名を呟く。
金色の髪、金色の瞳。そして、まだ自分を信じている声。
それらが何故こうも疎ましく思えるのだろう。
何故こうも、羨ましいのだろう。
――運命というのは時に残酷なことをするものだね。
瞬間、ディートリッヒの言葉が脳裏によぎる。
――お友だちを殺すのは辛いだろうに………
イオン、私は君に。。。
――君にはもう一度、おともだちを殺すチャンスをあげよう
掌に炎が生まれる。
「私はもう、失敗する訳にはいかないんだ。」
小さな声で呟くと、炎の音でかき消されてしまった。
そして目の前をみると、決心したような、苦笑しているようなイオンの表情。
「……ラドゥ、余を殺セ。それが汝の為にあるならバ。」
震える声で、それでも確実にイオンは言葉を口にした。
ラドゥは何も言わず、イオンの様子を伺っている。イオンは震えていた。
それは殺される恐怖ではなく、相棒を理解できない悔しさからだった。
ギリッと拳を握りこみ、力を弱める。
…そしてイオンは笑った。
「約束したであろウ?汝の為ならば、余はなんでもするト。」
笑った途端に涙があふれていた。イオンのその白い頬に。
「何故………?」
「ラドゥ。汝は余のトヴァラシュじゃ。今も昔も変わることは無イ」
あふれる涙は誰のものか。
掌に生まれた炎は誰のものか。
「イオン……」
最後の涙は誰のものか。