Story

□烏と最後
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「右かな」
問えばオームは首を横に振って、それから左を指した。
「君が居て助かるよ」
そう言うと彼女は振り返った。だがそれだけだった。私は少し意地悪気に笑う。
前を行く彼女は銀色の髪をツインテールにしている。目もまた銀だ。体型的に見て十代間もないだろう少女だ。訳あって声がなく、表情も少ない。しかし、今はこの地で落ち着いているが、彼女とは共に旅を続けてきた長い付き合いなので、意志を通わせることはできる。
それはさておき、かれこれ半日程歩き続けている。
ここ、北の無人街トライスは五百メートル級の塔が所狭しと乱立する。そのため日の光は届きにくく薄暗い。地表にあたるここは特にそうだ。完全に影に入り、霧は濃くなる一方。まぁ、いつものことではある訳だが。
「感覚が鈍る」
と億劫に一人ごつ。
その時だ。
霧の静寂が騒めいた。
妙な気配に白み深い水底のような空を仰いだ。
オームも同じように何か見つめている。
張り詰めた空気の中、霧の先で橙と黒、二つの何かが塔の間を泳いだのが分かった。そしてぶつかり、遅れて低い轟音。二つは離散し、消え失せた。
類推するに魔法の類だが、いったい誰が何のためにそうしたのか。二つの正体は分からずとも、黒い方はおよそ彼の探すものと接点はある。もう片方は不明だ。
しかしただでさえこの場所でこの霧だ。手掛かりは率先して取りに行くのが定石と云うものだろう。
そもそもここに来たのは興味によるところが多い。彼に兄を探してほしいと頼まれたのもそうだが、それよりも感情希薄な彼女がここに来たいとやまなかった部分の方が大きい。旅路を彼女自身が決めたからにはそこに何かあるに違いない。
「結構先だが、行けるかい」
コクリと彼女は頷いた。そして拳から光が迸り何もないところから抜刀する。彼女の能力の一つだ。それはグラムと云う、少女が持つには大分不釣り合いな両刃の全長二メートルの白い剣だった。
僕も続いて腰に下げた鞘のバンドを解いていつでも抜ける様にした。剣に銘はないが両刃で運びが軽く、切れ味も良い上物だ。
「じゃあ行こうか」
目標は目測で三百メートルほど先だろう。駆け出すと彼女は長大な剣を器用に逆手に持ち刄を背に回して追走していた。
相変わらず器用な子だ。きっと彼女にしてみれば剣は体の一部にすぎないのだろう。
僕は視線だけを彼女に送り、くぃと一指し指を引き、それから上を指した。
頷くのを確認して、壁を足場にして高く跳ぶ、上方の連絡橋に着地する。
そして更に高く僕達は跳んだ。

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