長編駄文

□初月
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嗚呼―、


月明かりに照らされる度に


幾度、強い歯痒さを感じたことだろう。


ずっと"存在"している。


しかし、想いの届かない歯痒さ。


ただ、存在だけで、主の云うことを聞くだけの意味のない世界。


―そう、思って居た。


そんな世界から、俺は抜け出せた。



『初月』



俺は恋い焦がれる紅に触れることが出来るのだ―。



うっすらと月光が大地を照す、そんな静かな夜の中に何かが居た。

「………」

その何かは人の様だ。

「………」

人はただ月光を浴び大地に細い影を落としていた。
そしてそれは何かを感じたのかゆっくりと振り返る。

「…見つけた」

振り返った先に居たのは夜闇の中にも良く映える紅い色。

「………」

「あの人は何処に居る」

紅い色の正体は長い髪だった。
紅い髪をした死神は髪と同じく紅い瞳で目の前に立っているそれを睨み付けた。

「………」

それは鬼の様な仮面を着けている為にどんな表情をしているのかは分からなかった。

「答えろ」

「…知らぬ」

仮面の男は抑揚の無い低い声で死神に答えた。

「嘘だ、お前と隊長が戦ってるのを俺は見た」

「…恋次」

恋次、そう呼ばれた紅い死神は驚いた表情をして仮面を見た。

「なん、で…俺の名を…?」

「…なんだ、お前は私を忘れたのか?…恋次」

「…っ!」

その仮面の声は恋次の想い人よりもやや高い声だが呼び方がそっくりだった。

「お前は俺を知っている筈だ」

「俺は…俺はお前みたいな奴を…見たことなんかねぇよ」

恋次はそう応えつつ、一人だけ思い当たる者が居た。

「…そうか、俺は…」

仮面の男はフッと恋次の後ろに回り斬魄刀で切りつけてきた。
恋次はとっさにそれを受け止め、ハッとした。

「…お前…は…」

「お前は何度も俺と会っているだろう?」

「…千本桜…」

「そうだ、良く分かったな恋次」

放心している恋次が呟くのを聞いた仮面の男は抑揚のない声で云った。

「お前は俺を…俺の力を何より想い、敬い、焦がれ、そして…恐れている力だ」

それを聞いた恋次は警戒んして仮面の男から離れる。

「俺は…朽木白哉の斬魄刀。千本桜…お前を良く知る者の一人…否、一太刀…とでも云うのだろうか」

「良く喋るんだな…意外だぜ」

「…何故」

千本桜は静かに斬魄刀をおさめた。

「隊長の斬魄刀だからな、無口だと思ってたんだよ」

「確かに普段余り話はせぬが…お前が相手だと饒舌になるらしい…」

千本桜はゆっくりと恋次の方へと歩み寄る。

「なんで俺なんだよ」

恋次は不可解だと云わんばかりの顔をして千本桜を見た。

「さあ、何故だろうな」

そう云った千本桜は仮面で表情は分からないが不思議と寂しげに見えた。

「…そうだな、お前と手合わせをした時のことを忘れられない…とでも云っておこう」

「はぁ?なんだそれ?」

千本桜は一瞬だけ恋次の頭を撫でた。

「また、会おう」

「待て!」

恋次の制止も聞かず千本桜はその場から消えた。

「…なんなんだよ…」

恋次は放心して立ち尽くすことしか出来なかった。



千本桜が斬魄刀達が塒にしている洞窟の入口に着くと直ぐ後ろに何者かの気配を感じた。

「…白哉」

闇の中から出てきた白哉に千本桜は目を向ける。

「何を、していた」

月光に照らされて千本桜の瞳に映るのは不機嫌そうな主の表情。

「特には。ただ、この一帯を見回っていただけだ」

千本桜はそう答えた。

「そうか」

白哉はそれを聞いて不機嫌そうなまま洞窟の中へと入って行った。千本桜はその背中が見えなくなった頃に口を開く。

「ただ、恋次に会っただけだ」

そして千本桜もまた、洞窟の中へと向かった。



翌日になり恋次は執務等の合間に外に出て何かしら、白哉の行き先の手掛かりが無いか探していた。

「…ここでもない…か」

恋次は一つため息を吐いてまた次の場所へと向かう。その途中、朽木邸が目に入り足が止まる。しかし、少し眺めると小さく首を横に振りその場を走り去った。

日が随分と傾いて来た頃、一日中隊舎と外と往復していて疲れが出たのか恋次は自室にたどり着くと倒れ込んだ。

「……どこ行ったんだよ…朽木隊長…」

自然と悔しさが込み上げ、自己嫌悪に襲われそうになるがそれを振り切って起き上がる。

「悩んでんのはガラじゃねぇだろ、シャキッとしろシャキッと」

そして、立ち上がり、また外へと向かう。


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