長編駄文
□臥龍桜
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嗚呼―、
この世に何の意味が有ると云うのだろう。
死に逝く者を導くだけの世界に私は居た。
ただ、"存在"していた。
この世に意味など有りはしなかった。
愛しい緋色を失った私には何の意味も無い白と黒の世界。
―そう、思って居た。
そんな世界に、紅が舞い込んだ。
『臥龍桜』
その紅は淡く脆い緋色とはまた違う、鮮やかな色をしていた―。
「朽木隊長」
「…何だ」
白哉は自分を呼ぶ声に顔を上げる。そこにはにこやかに白哉を見る恋次が居た。
「この書類に判をお願いします」
「そこに置いておけ」
「はい」
白哉にとって恋次はそれなりに出来た部下だ。時々直さなければならない点はあれど、それなりに仕事もこなす。
その上明るく面倒見の良い性格の為、部下達からの信頼も厚い。
そんな"それなりに出来た部下"だが。
「朽木隊長…さっきから筆が止まってますけど…どうかしました?」
「否、少し考え事だ」
野生の勘なのか、観察力が有るのか分から無いが何故か直ぐ彼は白哉の異変に気が付き其を気に掛ける。
今まで白哉の些細な異変に気が付く者はそうは居らず、近寄ることは愚か話し掛けて来ることすら無かった。
「そろそろ休憩にしません?…あ、朽木隊長って甘いもん大丈夫でしたっけ?」
筆を置き立ち上がった恋次は白哉にそう聞いた。
「…甘い物は好かぬ」
「じゃあ、好きな物って何ですか?」
「辛い物だな」
「…辛い物と云えば確か激辛とうがらし煎餅?とか云うの吉良から貰ったっけか…。茶、淹れてきますね。」
何やら呟きながら恋次は茶を淹れる為に隊首室から出て行った。
「………」
白哉は他の隊がどうして居るのかは一切知らないが正直彼は戸惑って居た。
「…私にどうしろと云うのだ…」
以前の副隊長だった銀銀次郎との会話の内容は生憎の眼鏡の話を延々聞かされた記憶しか残ってい無い。
執務の内容についても銀は優秀で有ったし恋次の様に白哉に何かと聞いて来る事も殆んど無い事務的な関係だった。
その為あの様に普通に話し掛けられても彼は何と応えれば良いのか戸惑う事が多い。
そうして白哉が一人考え込んで居ると恋次が戻って来た。
「朽木隊長ーお茶淹れてきましたよー」
「…ああ」
「今日の朽木隊長のお茶請けは激辛とうがらし煎餅で、俺は羊羹っす」
朗らかに笑いながら恋次は白哉の机の上に湯のみと煎餅を置き自身の机の上に湯のみと羊羹を置き席に着いた。
「ん〜この羊羹うめ〜」
恋次は羊羹を幸せそうに頬張って居た。白哉はそんな恋次の姿を横目で見て茶を啜る。
「朽木隊長はその煎餅どうですか?」
白哉が食べている煎餅が気になったのか恋次は味を聞いて来た。
「…そこそこだな」
「辛い…ですか?」
気になるのか再度恋次は問い掛けてくる。
「そうでも無い」
白哉はこれより遥かに辛くても構わない様子だがとても辛いと評判の煎餅である。
「へぇ〜…俺辛いの駄目なんですよー…キムチとかはもう匂い嗅いだだけでもう涙が…」
何か嫌な事を思い出したのかそう云った恋次は若干遠い目をした。
「…そうか」
「そう云えば朽木隊長は甘い物嫌いですよね」
「そうだ」
「何処が嫌いですか?」
湯のみを片手に恋次は小首を傾げて白哉に聞いた。
「…何処、と云われてもな…どうにも甘味は苦手なのだ…」
「うまいっすよ?」
嬉しそうに恋次は羊羹を指差す。
「朽木隊長も食べますか?」
白哉がチラと羊羹に目をやったのを食べたいのだろうと思った恋次が云った。
「いや…遠慮し…っ」
白哉が断ろうとした時に「はい、どーぞ」と云って恋次は切り分けた羊羹を白哉の目の前に差し出していた。
「…朽木隊長?どうかしました?」
「………」
いきなりこの様な事をされて驚かない者は果たして居るのだろうか、と白哉は思う。
「やっぱり…いりませんか?」
恋次は残念そうに項垂れてしまった。
その時ガラリと戸を開け理吉が隊首室へ入って来た。
「…何をしてるんですか?」
落ち込んで居る恋次とその前に居る白哉を見て理吉は怪訝そうに眉を潜める。
「いや、なんでもねぇよ」
恋次は何事も無かったかのように羊羹を自分で食し理吉に笑い掛けた。その間にも理吉の視線は白哉に向けられて居る。