頂き物

□The love story is sudden.
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「はぁ!?ホストクラブっすか!?」


「乱菊さんがどーしてもソコじゃなきゃ嫌だっつーんだよ!頼む!阿散井!吉良!」


両手を合わせて拝み倒さん勢いの檜佐木先輩を目の前に、
俺と吉良は思わず顔を見合わせてしまった。

俺たちが今いるのは、都心の一角に本社を構える山重商事の使われていない会議室。


事の発端はほんの数分前、
午後のデスクワークをこなしていた俺と吉良の元に、
突然この人、檜佐木修兵さんが重い足取りでやって来たところから始まる訳だが。





The love story is sudden.





檜佐木先輩は入社四年目の営業マンで、俺と吉良の一年先輩にあたる人物だ。

面倒見が良く、サバサバしている兄貴肌の性格は男女を問わず社内でも人気が高く、
俺も入社してから幾度となく先輩には仕事の助け船を出してもらったりしている訳で。

そんな先輩のいつもとは違う深刻そうな表情に、俺たちは一抹の不安を覚えた。


まさか先輩ともあろう人が、重大なミスを犯してしまったのではないか…
情報漏洩とか…?そんな馬鹿な…


チラチラとアイコンタクトを取りながら、良からぬ想像で頭の中が持ちきりだった俺と吉良は、
先輩に呼ばれるがままに、この小会議室へとやってきたのだったが。

会議室の扉を閉めた途端、先輩の第一声が
「お前ら、ホストクラブ、行かないか?」だなんて…一体、誰が想像出来ただろうか…。



「…でも、その接待、最初は先輩と東仙課長が行く予定だったじゃないですか…、
急に僕たちに、言われても…」

俺と同期入社の吉良イヅルがおずおずと拒否の意を口にする。

一見押しの弱そうな外見に見える吉良だが、
意外と自分の意見はきっちりと言うタイプなんだよな、意外と。


「や、まぁ、そうなんだけどな…。けど、東仙課長をホストクラブに連れて行く訳にもいかねぇし…」


イヅルのもっともらしい意見に、バツが悪そうに先輩が語尾を濁す。
俺は更に畳み掛けるような口調で先輩への口撃を仕掛けた。

「だったら俺たちだってパスっすよ。大体、男が行くようなトコじゃねぇでしょ。キャバクラだったら喜んでお供しますケド。」

「…違うんだよ…、今回は色々と事情があんだよ…」


(…あぁ…、何だか面倒臭ぇことになりそうだなぁ…)


うんざりする俺たちを尻目に、先輩の独白は続く。

「今回の藍染物産との契約…他社の乱菊さんが中間に入ってくれたからこそ上手くまとまったところもあるんだよ…
だから俺は乱菊さんに精一杯の恩返しがしたいんだよ!喜んでもらいたいんだよ!あの人に!!」

「…とか何とか言って、点数稼ぎなの見え見えだけどね。先輩、松本さんのこと狙ってるし。」

「だな。」

と、ここまで聞いておきながら、先輩の深層心理は意外と後輩の俺たちにも筒抜けだったりする訳で。

「うおぉいソコ!聞えてんぞ!
っとにかく!明日の夜は檜佐木先輩の接待に何が何でも付き合ってもらうからな!」

「えー!勘弁して下さいよぉ…」

「他のヤツ誘って下さいって!マジ無理です!」

「そんなこと言うなよぉ…、後で好きなモン、何でも奢ってやっから!なっ!頼む!!」


好きなモン、何でも…?


その単語に、俺の聴覚が敏感に反応を示す。
そういうことなら、話は別だ。


「…何でも、いいんスか…?」

一歩、先輩ににじり寄る。

「いっ、いいぜ…?何でも…」

そして一歩、先輩が後ずさる。

しまったって顔してますけど、漢に二言は厳禁ですよね、檜佐木先輩。

「…叙●苑の焼肉…」

「はぁ!!?」

「…ダメなら、この話は無かったことに…」

「…わ、わかったよ!!っけど!ボーナス入ってからだかんな!」

先輩の足元を見まくった結果、交渉は見事成立。

「よっしゃ!吉良!タダ焼肉ゲットだぜ!!」

「先輩がそこまで言ってくれるなら、しょうがないですね…」

吉良も快く快諾してくれたようだ。恐るべし、高級焼肉店のネームパワー。


「…お前ら、ホント、えげつねぇな…」


半泣きになっている檜佐木先輩を横目に、
俺たちは普段お目に掛かれないような美しくサシの入った牛肉に思いを巡らせていた。


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