novel
□マオのカレギア日記
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「ふっふ〜ん♪おひさまの歌ららら〜・・・」
今日もカレギア城の中では謎の歌が聞こえる。
声の主は頭の後ろで腕を組み、廊下の赤い絨毯の上を意気揚々と楽しそうに歩いている。
その少年の名前はマオ。先日起きたラドラスの落日によりフォルス能力が目覚めた人間のひとりだ。
最初こそ炎のフォルスが暴走していたものの、今は王の盾隊長であるユージーンの元で自らも王の盾の一員となり、城の中で生活している。
しかし今、いつも金魚のフンのようにくっついて離れないユージーンは会議中でしばらく戻ってこない。一人で暇を持て余してこのようにウロウロ廊下を歩き回っていたのだ。
「ボクは炎の子マオ〜♪」
いつものように自作の歌を歌っていい気分で歩いていたら、目の前に見知った人物を発見した。
「ん、君はマオくん。今日は一人なのか?」
背が高くガッシリとした体躯に美しい金髪の持ち主。正規軍のミルハウストだ。
任務から帰ってきたばかりらしく丈夫そうな鎧を身にまとい、少し疲れたような表情をしている。
「あ、ミルハウスト将軍!そうなんだよネ、ユージーンは朝から会議に行っちゃったんだヨ。夜まで戻らないとか言ってさ。ボクはお留守番〜」
赤い髪の少年はぷいっと口を尖らせて言った。
ミルハウストはその可愛らしい様子に思わず小さく笑って、大きな手のひらでクシャリとマオの頭を撫でた。
「ははは、それは気の毒だな。いい子にして隊長の帰りを待つんだぞ」
「も〜!子供扱いしないでほしいんですけどー!」
恨めしそうに見上げるとミルハウストは笑いながら謝罪の言葉を述べた。
何とも微笑ましい光景だったが、その時また誰かが廊下をこちら側に歩いてくる気配を感じた。
「ミルハウスト!探しましたわ。こんなところにいらっしゃいましたのね!」
嬉しそうに小走りで近づいてきたのは何を隠そう一国の王だった。
「アガーテ様!」
真っ白でいかにも高そうなふわふわのドレスを揺らしながらミルハウストに駆け寄ってきた。
彼を見つめる瞳はきらきらと輝き、恋する乙女そのものだった。
「ミルハウスト、お帰りなさい!疲れたでしょう?私貴方のためにクッキーを焼いてみたの。」
そう言ってアガーテが差し出した皿を、マオは興味深く背伸びをして覗き込む…と同時に口を両手で抑えた。クッキーだと本人は言うが、どう見てもソレは黒い固まりだ。百歩譲ってチョコレートみたいなものだ。
漂う匂いは何とも苦い。焦げ臭かった。
うぷ、とこみ上げる何かを必死で堪えるとマオは目の前に立ち尽くす青年を見上げた。
「陛下、そんな私ごときがあなた様の手料理を戴いて良いはずがありません…」
真剣な瞳で答えていた。それが本心なのか、はたまたその黒コゲの物体に恐れおののいているのかどうかは解らない。
マオは心底この青年に同情しつつ、静かにその場から離れて行った。
下手に何か言おうものならきっと自分までクッキーを渡されていたに違いなかった。
ただ、ミルハウストの縋るような助けを求めるような視線が忘れられない。
マオはたった今の出来事を忘れてしまおう、と首をブンブン振って廊下を更に進んでいった。