暁月夜

□孤独の底で
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「アタシは何してるんスかね……」








来るはずもない人のために夜食なんか用意して、
季節もかわったからと新しく夜着を新調して……





季節ごとに用意した着物を彼が袖を通さずにどれくらい季節が流れたことか……







もう、数えるのも疲れてしまった、否、数えても虚しくなるだけ





なにしろ彼は、


もう何十年も自分の前に姿を現さないのだから……














つめたく見えて
とてもとてもつめたく見えて
言葉や態度もつめたいのに
ハッとするほど
やさしさを感じる人だった













   孤独の底で














私は彼にこの躰を差し出した
見逃してもらうかわりに






『あんな若造の一人や二人、喜助、お主ならどうにかできたであろう?』






夜一さんに苦笑混じりに問われたが、
私は“事が穏便に進めばそれでいいんです”と繰り返し云うことしかできなかった





あの時、私は今だに熱い躰、
彼の温もりが残っていることに抵抗を感じていない自分に戸惑っていた





彼とはひとつも話はしなかった
何も云わず、少しも笑いもしないのに
安心を感じたのは
それほどまで自分が孤独だったからか……






現世で彼が私の目の前に現れた時は自分の目を疑った


暗い夜の月が頼りなく照らす暗闇の中で彼は私をみつけると
すぐに冷たい表情(かお)に戻ってしまったが
一瞬、柔らかく微笑った…





『やつれたなぁ、ちゃんと食べとるん 浦原さん』






それから数年、彼は私の処へ通ってきた






『交換条件はボクが飽きるまで有効や』







どれだけ自分は心のない“モノ”だといっても
肌を合わせれば情がわくか…



いいや、そんなはずはない



私はまともな心をとうの昔になくしている…





『もう……やめにしましょ、市丸さん』






彼、市丸さんが私の元を訪れなくなる前、
彼の肌には私の知らないあざが無数にあった







『あなたの上官、藍染惣右介に此処の場所を云っても構いません…』






彼が誰と寝ようと自分に関係ないのに、姿見えぬ相手に嫉妬で息が詰まりそうだった






『………お願いです、来ないで下さい』

『あっそ…ええよボクは』









心をなくしてなどいなかった
あの人が私に情はないと知っていても自分以外の存在がちょっと見えただけでこんなにも荒れる







コレ以上フカク入リ込ンデハイケナイ







彼が私の元へ訪れなくなれば、元の自分に戻れると単純に思っていた


でも長い間、
あまりにもあの人を想い過ぎて
私はもとの自分を忘れてしまっていた






『アホやなぁ浦原さんは、』

『アタシはアホじゃ…

『でもボク、そんなアンタも好きやで』







頭の中で 彼の声が響く






『大切な言葉を軽はずみに使わないでください』

『なんやケチやなぁ』

『価値が下がりますよ』

『そないなこと言うたら、いつ使うん、』

『あっ…アタシに聞かないでください』






こんなにも哀しいのは良かった時の事ばかり思い出すからで……でも、忘れようと思うだけ、逢いたいという想いは募る…






冷たい時間…

暗然とした悲哀を抱え
自己嫌悪に終わりはなく

時がすぎる…



早く眠ってしまいたかった…
意識を手放したくて……









「なんや、やつれたなぁ
ちゃんと食べとるん、浦原さん」







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