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□ばらの花/2
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なぜこいつは笑っているのだろう。
あんなことをされたというのに隆一は、以前と変わらない態度で俺に接してくる。
あの夜、力任せに絞めた首筋には無残な指の痕が残った。
本来なら傷害罪で訴えられていても不思議は無い。
恐らく痕が消えるまで、隆一は首の隠れる服を選んで着ていた。
そうしておきながら何食わぬ顔で、俺に微笑みかけるのだ。いつものように。
突き落としてやりたい。
奴の頑なさに触れるたび、そのおぞましい表情をもう二度と笑えないように、めちゃくちゃに砕いてしまいたい。衝動が狂ったように暴れ出す。
隆一は俺じゃない。違う個体なのだ。思い通りにできるなんて考える方が間違っている。
わかっている。わかっているのに、抑えられない。
昔、隆一が風邪をひいたことがあった。
喉には症状が無いからと、スケジュール通りの仕事をこなしてはいたけれど、熱が高いのかひどく苦しそうで、控え室に戻るなりソファの上で横になっていた。
にこやかに愛想を取り繕う余裕も無いのか、ぐったりと手足を投げ出して、無表情に近い虚ろな瞳がぼんやり宙をさまよって。
やがて、ゆっくりと瞼が降りた。
青褪めた唇が酸素を取り込もうと、もがくように呼吸を紡いでいた。
いい顔をしていると思った。
このまま、彼の病が治癒しなければいいとさえ願った。
どうなれば満足できるって言うんだろう。
俺は、隆一と共生することができない。
だが同時に、彼無しで生きていくことも、きっとできないのだ。
隆一が笑っている。
俺達の間には最初から、どんな感情も存在しなかったみたいに。
今日、俺の部屋に来たがった隆一を拒むことができなかった。これは、俺の責任だ。
ベッドの上、馬乗りになって俺を見下ろす隆一は、残忍なくせにひどく傷付いた目をしている。
矛盾に満ちた、微笑みは歪みきっていた。
小柄な身体のどこにこんな力があったのか。俺の首を絞め上げる長い指先は、加減を知らず、どこまでも真摯だった。
急激に気道が塞がれてゆくのを意識しながら、たゆたうような苦しみの中、甘い囁きが流れるのを聞く。
「これで、おそろいだね。」
なんだ。
こんな簡単なことだったのか。
二人で生きてゆくことも、一人で生きてゆくこともできないのなら。
答は、最初から決まっていた。
抵抗しようとは思わない。今なら、奴の全てを受け容れられる気がする。
繰り返される目瞬きは、哀しみと、慈しみで満ちている。
首筋に喰い込んだ指の熱さが、どくどくと脈打つような激しい感情が、俺だけに向けられていることに安堵した。
死にゆく俺の網膜で、お前の泣き顔だけがやけに霞んで、美しかった。
恋をした。瞬間は、正しく永遠になった。
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