JR@

□フリージアの咲く部屋/3
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鈍い照明を受けて、ぼんやりと浮かび上がる。細い刃が。

皮膚を突き破る、直前で。

気が付いた。

動かない。

いや。

動かせない、のだ。

俺の意志など、無関係であるかのように。

それは。びくともせず。

指の力が、抜けてゆく。

薄っぺらの、錆びた刃先は。

自己を取り繕うだけの。疲弊しきった、この皮膚に。

傷一つ。残すことさえ、叶わぬまま。

手をすり抜けて。足元のフローリングに、墜落した。

乾いた音が、響いた。






不思議だね。

こんなに、絶望してるのに。

死ねないなんて。

ぼくたちは。






明け方の夢の中で。

隆一が、笑っていた。

その通りだ。

どんなに、どん底だろうと。俺は、死ねない。

手首一つも。切れやしない。

隆一のように。

うつくしくは、なれない。

それは、俺に科せられた罰の。ほんの、始まりなのだろう。

自分を殺せない、臆病者には。

ふさわしい。罰。

どう、贖罪するべきか。

俺に。何が、できるのか。

答は。失われたままだった。






喉元に。金属の味が、絡み付く。

隆一の。血の匂い。

身体中に纏わり付いて、離れない。

水が、飲みたい。

ふらつく足で辿り着いた、リビングの。

暗がりの中。

蛍光色のランプが、忙しなく点滅を続けている。

テーブルの上に、放置していた携帯は。

電源こそ、切っていなかったものの。着信音を消していた。

そのせいで。

気付けなかった。

着信があったことを、告げるメッセージ。

画面に、表示された。たった一件の、履歴に。

全身から。血の気が引いていくのを、感じた。

一時間ほど前に。鳴らされた、電話。

俺を。呼んでいた。

あいつの、声。

絡み付く。鉄錆の味が、ぬめりを増し。

どうしようもなく、胸くそ悪い予感が。背筋を駆け上る。

それは、まさに。

恐怖、そのもの。だった。






Jに、見てもらえないなら。

俺は。死んでるのと、同じだね。






あの日の告白が。頭の奥に、鳴り響く。

その真意を。噛み砕くよりも、先に。

俺は。自室を飛び出していた。








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