JR@

□ロックンロール/パブロフ
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「おら、起きろ。」

乱暴に、頭を小突かれて。目が覚めた。

どうやら。ソファの上で、うたた寝をしていたらしい。

Jの家の、このソファも。すっかり僕の、定位置になっていて。

シチューが温まるまでの間。安心しきった僕は、ついうとうとしてしまうことが多い。

「メシだぞ。」

リビングに漂う、おいしそうな匂いに。

何度でも、僕は。しっぽを振って、よだれをたらして。駆け寄ってしまう。

でも、最近は。少しだけ。

Jも。このくらい、がっついてくれたらいいのに。

そんなことを、考える。

「おなかすいた。」

「ほんと。よく、食うよな。お前。」

褒めて褒めて、褒め落としたJは。

変わらず、僕に。ビーフシチューを、つくってくれる。

僕が食べる姿を。柔らかな眼差しで、見守ってくれる。

だけど。わがままな僕は。

それだけじゃ、とても足りない。

えさを、与えられて。頭を撫でてもらうだけじゃ。

もう。いやだ。

その、大きな手に。

いっそ。がぶりと、噛み付いてやりたくもなる。

「いつも、ありがとう。」

「何が。」

「俺のために。おいしいごはん、つくってくれて。」

「別に・・・お前のためじゃねえよ。」

あ。

これ、なんだっけ。

どっかで、聞いたことある。こんな台詞。

思い出した。

『つんでれ』 って、いう。あれだ。

へえ。

Jって。 『つんでれ』 だったんだ。

でも。僕から言わせると。

いまいち。 『でれ』 の部分が、少なすぎる気がする。

これじゃあ。ただの、『つんつん』 だ。

もっと。

どうせ、ふたりしかいないんだから。もっと。

さわってくれたって。構わないのに。






僕は、決して。我慢強い方、なんかじゃない。

ソフトな言葉遣いだって。好んでやってるわけじゃない。

君が相手なら、なおさら。

本当の僕を、知ってほしい。

見てほしい。

だから。

「Jは、俺に。何かしたいとか、思うの。」

どん引きされるのは、覚悟で。

思いっきり。直球の質問を、投げ付けてみた。

洗い物を終えて、戻ってきたJは。

当然だけど。一瞬、ひどく困惑した表情になって。

それでも、真剣に。僕の顔を、見つめ返してくる。

「何かって。なんだ。」

「キスしたり。脱がせたり。さわったり。」

そんなわけねえだろ、って。

即座に、否定されるかと。覚悟してたのに。

「そりゃ・・・まあな。」

驚いた。

ものすごく、小さな声で。

ものすごく、恥ずかしそうだったけど。でも。

君は、確かに。そう、言ってくれた。

照れ隠しに、目を逸らすためなのか。わざと、煙草を取り出しながら。

調子に乗った、僕は。

君の長い前髪の下を、覗き込むようにして。尋ねる。

「あとは・・・突っ込んだり。」

「おい。」

Jが。あからさまに、うろたえた顔をして。僕を見る。

僕は。Jのそんな顔が、かわいくて。大好きだけど。

弱点になる情報を、敵に渡すつもりはないから。黙っておく。

代わりに。

じっと。その眼の奥にある、感情を探す。

僕のことが。今すぐ、ほしいって。

そう、言ってるように見えるのは。希望的錯覚なのかな。

「どうして、しないの?」

「はあ?」

「Jなら、俺。いつでもいいのに。」

そうだよ。

僕たちは、もう充分に。今の距離を、楽しんだはずだから。

そろそろ。メシトモじゃなくて。

ご飯の後を、楽しむ関係になってみても。いいと思う。

「Jは、いやだ?」

「もうちょっと。今のまんまじゃ、だめかよ。」

「だめだよ。」

「色々、あんだろ。順序ってもんが。」

駄々っ子を、宥めすかすように。そう、呟いて。

煙草を吸うため。ベランダへ出て行こうと、腰を上げる。

順序って。

なんだよ。

キスなら、この前した。

りんご風味の。拙いキス。

それ以上のことだって。

君とだったら、どんな場所でも。

いつ、来てくれても。構わないのに。

ベランダで。天の川みたいな煙を吐き出す、君の背中に。

飛び蹴りを食らわせてやりたい、衝動に駆られる。

もし、このまま。拒否られたりしたら。

なんだか。涙が出てしまいそうだ。

「きらいだ。」

つんでれ、なんて。

だいきらいだ。






その時つくった、涙声は。半分がわざとで、半分が本気だったわけだけど。

今なら、わかる気がする。

君の、気持ち。

Jは、きっと。

いずれ僕たちが滑り込む、その場所を。穢れたものには、したくなかったんだ。

だから。歯がゆくて。こっちが焦れてしまうくらいに、ゆっくり。

なんでもない、僕との時間を。大切に、積み重ねてくれたんだと思う。

馬鹿犬の、僕は。

Jに詰め寄った、あの日から。数週間後。

ようやく。その意味を、理解した。

と、言うよりも。

初めて、訪れた。暴風雨みたいな、君の口付けに。

すべてが、跡形も無く。世界の果てへと、流されてしまった。

キスされて。脱がされて。さわられて。

人に言えないようなことを、さんざんして。

僕をして、かわいいと言わしめた。いつもの君からは、想像も付かない。獰猛な表情と。荒い息遣いと。

僕に、えさを与え。頭を撫でてくれた。その、優しい手が。

今度は、僕の。信じられないような場所を、がむしゃらに押し広げている。そのことに。

恥ずかしくて。嬉しくて。

もっともっと、って。望みながら。

僕は。脚を開いた。

こんなに、きもちいいなんて。

『つんでれ』 なんて。言って、ごめん。






晴れて、メシトモOBになった。僕たちは。

それでも、相変わらず。一緒に食事をすることは、欠かさない。

僕から、言わせると。君には、まだまだ。 『でれ』 の要素が足りないけれど。

君のビーフシチューは、大好きだし。

照れた仕草や。それを隠そうとして、無理してわざと、乱暴な言い方をするところも。

歯止めが、効かなくなったみたいに。僕の身体を、夢中で求めるところも。

きっと、僕は。ものすごく、気に入っている。

この前。独断と偏見で、Jの 『つんでれ指数』 をテストしてみたら。

結果は。65%。

なるほど。

あんまり、えっちしてくれないのは。そのせいかも。

じゃあ、せめて。

「キスは、毎日しよう。必ずしよう。いっぱい、しよう。」

「お前・・・ぜってえ、おかしい・・・」

Jは頭を抱えるように、うめいたけれど。

ほんとは、きっと。嬉しいんだ。そうに、決まってる。

だって、君は。 『つんでれ』 だから。

実際のところ。

『つんでれ』 が、どういうものかなんて。僕は、知らないに等しい。

でも。

僕が、笑うと。君が自動的に、眩しそうな顔をするとことか。

僕の、いやらしい声に。内側に入り込んだ君が、膨れ上がって先をほしがる。その、素直さとか。

わかってしまえば。最初は強面の、大型犬だった。君にも。

僕といる時にだけ。ちぎれんばかりに、左右に振られるしっぽや。

僕の声を、一言も聞き逃すまいと頑張る。三角形の、小さな耳が。見えたりして。

それが、『つんでれ』 であろうと。むっつり、であろうと。単に、不器用なだけであろうと。

君だってだけで、何もかも。健気にいとしく、想えるんだから。

ずっと、このまま。

今のままで。いてほしい。






「ねえ、J。はやく、たべて。」










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