IR続き物

□ A きみのショコラ
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休みの合う日を必死で探して、約束して。ようやく今日に辿り着いたっていうのに。

「え?ダメになったって?」

玄関先で靴も脱がぬまま呆然と立ち尽くす隆一に、俺はただひたすら頭を下げる以外、どうにもしようが無かった。




「マジでごめん。」

彼女から電話がかかってきたのは今から一時間ほど前。

仕事が忙しくてしばらく会えてなかったのは事実で。だから「今日はどうしても会いたい」なんて言われた日には、断るなんてできるはずがない。恋人なんだから。

勿論「」内のように直接的な言われ方をしたわけじゃない。でも彼女とは短くない付き合いだから、もの凄く会いたがっている気持ちは言外に伝わる。

恋人同士なんだから。

隆一だって大切な仲間ではあるけど、泣きそうな声で俺に会いたいって訴えてくる恋人を蹴ってまで、このほとんど思い付きみたいな飲み会を優先させることはどうしてもできなかった。

不可抗力だ。俺の彼女は人間ができているくせに嘘が下手で、そこがまたかわいすぎる。

つまり、そういうことだ。これから来るという彼女の申し出を何事も無いかのように快く承諾した後、電話を切ったその指で即行隆一の携帯番号を押した。

今ならまだ、家にいるかもしれないと思ったわけだけど。

チョコレートをおみやげに、なんてのたまってた彼は、本当にそれを実行したらしく。

店に寄るためとっくに家にはいなかったし、ついでに電波の悪いところにでもいたのか、電源を切ってたのか、わからないけどとにかく最悪な偶然が重なって電話は繋がらないまま、恐らくメールも見てもらえないまま一時間。無情にもインターホンが鳴ったのだった。

「ほんっとごめん。」

謝罪はどこまでも軽く聞こえる。

何度でも言い訳してやる。最初に電話をかけた時、俺はてっきり隆一はまだ家にいると踏んでたんだ。

だから「またの機会に」って台詞が通用すると思ってた。ついでに、急に体調を崩したっていうご立派な嘘も用意してた。

だけど来てしまっては、どんな言い訳も計画も破綻するしかない。

全部本当のことを話してしまった。

ひどすぎるのはわかってる。さすがに冷や汗が噴き出した。

隆一がどんな反応をするのか恐ろしくて。いつもの笑顔が、怒りや哀しみや落胆や、あらゆる負の色に塗り潰されるのを覚悟して。

最近青山にできたっていう、俺も名前くらいは知ってる高級チョコレート店の紙袋に落としていた視線を、ようやく上げることができた。




隆一は笑っていた。

「そっかあ。じゃあ、しかたないよね。」




え?

それで終わり?

だって。甘いものには疎い俺でさえ知ってる。そのチョコレート並ばなくちゃ買えないんだよね?

それ買うために、俺の家に持ってくるために、早めに家出て並んだんだよね?

そんな大変な思いまでしたのに、貴重な休みをふいにしたってのに。俺の身勝手な仕打ちを、その笑顔ひとつで終わりにするわけ?

訳がわからず返す言葉も無く固まっていると、もうほんと、核爆弾みたいな台詞が止めを刺した。

「いのちゃん、彼女とラブラブなんだね。羨ましいなあ。」

言って、屈託無く笑う。

脳みそが沸騰して、瞬時に蒸発するんじゃないかと思った。そのくらいムカついた。

逆ギレってやつだ。

だって、そうだろ。誘った時、あんなに嬉しそうにしてたくせに。

ありえない。正直、この反応はナシだ。

もっと激しく残念がれよ。

眉を歪めて、真っ黒い虹彩を怒りでぎらぎらさせて。

昔つくってたみたいな鋭い目で睨み付けて、罵ってくれたって構わないのに。

むしろ、その方が救われるのに。

全く理不尽で、的外れな感情なのはわかってる。

でも、悔しい。苦しい。憎い。

泣かせたい。

「今度絶対、埋め合わせするから。」

作り笑いだけは、かろうじてできていたと思う。

隆一はこちらから誘わない限り、再びこの話題を持ち出すことは無いだろう。わかってしまうから、余計に腹立たしいんだ。

俺のことをきれいに笑って許せてしまうくらい、何の執着も見えないことが、きっと。




健やかな微笑みで頷いた隆一は、みやげのチョコだけ押し付けてさっさと帰っていった。

結局、一歩も部屋に上がることなく。そりゃあもう、あっさりしたもんだった。

こんな苛立ちや息苦しさは、隆一といる時にだけ訪れる。

何が自分の喉を圧迫しているのかもわからないまま不用意に近付いて、より一層閉塞感は増した。

誘わなければよかったんだ。最初から。

身も蓋も無い結論に辿り着いて一人やさぐれてると、テーブルの上で携帯が震えた。

彼女からかと思ったメールは、たった今別れたばかりの隆一からだった。

そこには向こう一ヶ月間の彼のオフ日と、ただ一言。




『チョコレートファウンテン、楽しみにしてます。』




液晶を開いたまましばし動けなかった俺は、予想だにしない方向からの斬り込みに、驚くよりもなんだか急に脱力してしまって。

込み上げるに任せて、もう笑うしかなかった。




隆一が残していったチョコレートのやたら高そうな包装を乱暴に引き裂いて、一粒口に入れてみる。

この間の偽アポロとは全然違う、濃厚でほろ苦い甘さ。

目を閉じて味わう。

あの日。からかう振りして、口の端に付いたチョコレートを拭ってやった。感触が、指先に甦ってくる。

少しかさついていたけど、柔らかかった唇。そっと触れたら、ほんの一瞬だったけど笑顔が去って、怯えてるのに淋しげな、あどけないのに大人びた、おかしな表情で俺を見た君。

揺らぐ眼差しが、はっとするくらい真っ黒で。無防備で。

もう一度、あんな顔をしてくれたなら、その時は。



すぐに消えてしまわないように。舌の上で。そう、ゆっくり。









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