IR続き物

□ B 君なんかきらいだ。
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君なんか嫌いだ。



わかってる。こんな風に思うのはよくない。

君は今でも仲間だし、きっとこれからも仲間なんだろうし。一緒に仕事もしなくちゃいけないし。

君との付き合いは今や、出逢った頃からは想像もつかないくらい長いものになっている。

勿論君の音楽的才能は、他の奴等と同じくらい俺だって認めてる。じゃなきゃ、一緒にやってたりしない。

君の声は、君にしか唄えない唄を生み出す。俺の曲は、君が唄ってこそ完全なものになる。

君は何にでも真剣で、他人がくだらないと笑うようなことにも大真面目で。

その上、馬鹿かと思うくらい頑固なところがあって、自分がやりたいと思ったことなら誰が何と言おうと貫き通してしまったり。反対に興味の無いことは恐ろしいくらいあっさりと、他人に丸投げしてしまうことができる。

そんな風に奔放に自分の意志で決めておきながら、君は時々こっそりと後悔している。そんな弱さがあることも知ってる。

けれど自分の可能性に線を引かず、どこまでもいつまでも、例えそれが後々失敗だとわかっても、挑戦し続ける君の姿勢は正直ちょっとかっこいい。尊敬に値する。

だから、嫌いだなんて思うのは間違ってる。

君は俺に嫌われるようなこと、何もしていないんだから。

そう。文字通り、何も。




目の前の隆一は、俺に嫌われてるなんて夢にも思っていない。そんな調子でオムライスを頬張っている。

オムライスなんて、またガキみたいなセレクトだと呆れたけれど、デミグラスソースのかかったそれはふんわりと蕩ける卵が実に美味そうで、中身がチキンライスじゃなくバターライスだったりして。ぶっちゃけ一口欲しいと思いながら、隆一の手によって少しずつ崩され咀嚼される様子をちらちらと盗み見ていた。

この喫茶店で一番の人気メニューは、俺の注文したドライカレーなはずなのに。

これでもかと自己主張しているカレースパイスの芳醇な香には見向きもせず、オムライスが到着した途端、まるで恋でもしちゃったみたいにうっとりと目を輝かせていたのには、呆れるというより微妙にムカついてしまった。

なんだよ、その顔。

誤解の無いように言っとくけど、俺は特に君のことをきれいだとか、かわいいだとか、色っぽいだとか思ってるわけじゃない。

だってそうだろ。男が男に、しかも身近な奴に対してそんな気持ちになるなんてキモすぎる。

そういうんじゃなくてなんて言うか。隆一は時々、俺の予想も付かないような清新さを見せる。その不意打ちみたいな表情やら言動やらに持って行かれるんだ、いつも。

それがわざとなのか、天然なのかもわからないから始末に負えない。

振り回されてる感じはとても気持ちのいいものじゃないし。

でももしわざとだったとして。

俺を翻弄するメリットが隆一にあるとは思えないんだが、どうだろう。

てことは、やっぱり天然なのか。俺が今どんな風に思ってるかも、全然気付いてないんだろうなあ。

考えると、またあの嫌な感情が溢れ出す。

こんなの、燃えないゴミの日にでもまとめて捨てられたら楽なのに。自分の感情なのに自分でコントロールできないなんて、おかしすぎるだろ。

ああ、もうほんと。

だいきらいだ。




「いのちゃん、食べないの?」

隆一が不審そうな顔して覗き込んでくる。

さっきまで息づくような湯気を立ち昇らせていたドライカレーは、今やすっかりその呼吸を停止していた。

「冷めちゃうよ。」

お前のせいだろ、って言ってやりたいのをぐっと我慢して笑顔を振り撒いた、つもりだったんだけど。

「なんか、変な顔。」

どうやら、失敗していたらしい。

取り繕うのは諦めて、スプーンを冷えかけた山に突き刺す。絶品のはずの美味さは半減していた。やっぱり冷えたせいか、それとも別の要因のせいか。

「いのちゃんさ、こないだから変だよね。」

「こないだって?」

「いのちゃんがドタキャンした日。」

危うくスプーンを落とすところだった。

これだ。やはり隆一は俺の予想を遥かに超えている。

完璧に隠していたつもりだったのに。何がどこまでバレているんだろう。

「変じゃないよ。別に。」

「そうかなあ。」

殊更明るい声で応じたのは、かえって怪しかったかもしれない。

隆一は、何気無い様子で、相変わらずオムライスに夢中だ。少なくとも俺にはそう見える。

君は、どこまでわかっているんだ。

「あの後、待ってたのに。連絡もくれないし。」

声に少し責めるような響きが混じった。もぐもぐと動く唇は少し尖って、不満を表現しているようでもある。

こんな息苦しさは嫌だ。疑ったり、嘘付いたり、ムカついたり。期待して失望したり。笑いたくもないのに笑ったり。

本当は優しくもないのに、優しい振りをしたり。

どろどろと渦を巻く汚い感情を知ってか知らずしてか、さらに隆一は、からかうような口調で意地悪く微笑んでくる。

「彼女とケンカでもした?」

ああ。

もう無理だ。

天然だろうが、性悪だろうが。この際、関係無い。

今日を燃えないゴミの日にしてやる。

言ってやる。君なんか嫌いだって。

「あのさ。」

「なに?」

俺が怒ったのかと、少し怯んだように君の目が揺れる。君は人を傷付けることに慣れてない。スプーンを持つ手が止まった。

後悔したって遅い。これも全部、君のせいなんだから。

俺が一人で抱え込んでたみたいに。君も少しは苦しめばいい。汚れればいい。

もうずっと。俺は君のこと






「すきだよ。」










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