IR続き物
□ C ボレロ
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なんて言うかもう。
それは400%俺の失態だったとしか言いようが無いわけで。
冷静に考えなくても、君に落ち度なんて一つも無い。
「すきだ」なんて。いい年こいて恥ずかしい台詞がいとも簡単に自分の口から滑り落ちたことは、実際のところ、かなり相当ショックだった。
しかも相手が、隆一ときてる。
二度びっくりだ。こんなこと、マジで一生誰にも言えない。
適度にうるさい店内でも、俺の言葉は完全に聞こえてしまっていただろう。
隆一の口元からは笑みが消えて、ほとんど何の表情も無くなって。少し細めた瞼は、俺のことをいぶかしんでるようにも、軽蔑してるようにも、哀れんでるようにも見える。
それでもお互い目は逸らさなかった。逸らせなかった。
目を逸らして何も無かったみたいに笑って、冗談だってうそぶけば、まだ間に合うだろうか。
いや、無理だ。
ざわついていたはずの全てが遠ざかって、ここには俺と君のふたりきりで、次に君が発する声が世界の全てを支配している。
そんな発想は、目の前にいる君よりもずっとずっとロマンティックすぎて。甘すぎて。笑える。
いや、笑ってる場合じゃないんだけど。ほんと。
どこか眩そうに目瞬きを繰り返す。君の虹彩は真っ黒で、少し潤んでいるようにも見えて、考えが読めない。
どこで話がすり替わってしまったんだろう。
俺は「嫌いだ」と言ってやるつもりで息を吸い込んだのに、吐き出した音はあろうことか、あの恐ろしい一言だった。
今時マンガでもこんな陳腐な展開はありえない。
つか、好きってなんだよ。
仲間として、音楽家としての好意なら、今更伝える必要無い。何度も言うようだけど、俺は君を尊敬してる。
じゃあ、いわゆるそういう意味での「好き」だってのか。
うわあ。マジでありえない。
相手は男で、しかも隆一だ。
最悪だ。ひどい話だ。
いやいや違う。
そういう意味での、恋愛感情での「好き」ならやっぱりその、「触れたい」とか「キスしたい」とか「抱きたい」とか、思うはずだ。
けれど俺は隆一に対して、一度もそんな風に思ったことは無い。これだけは声を大にして言える。
同じ男に性的な魅力を感じるわけが無い。
そりゃまあ。自分は男にしては、同性愛への偏見が薄い方かもしれないけれど。
と言うか、そもそも他人の性的指向なんかに興味は無い。まあ、そういう人もいるんだろうなって思うくらいだ。
でもそれとこれとは話が違う。違いすぎる。
いくら偏見が薄いとは言え、自分が男と付き合ったり、触り合ったりキスしたり、ましてやそれ以上のことするなんて死んでもごめんだ。
「すきだ」という言葉が恋愛感情だとすれば、俺は目の前にいる隆一とそういうことをしたいってことになる。
それだけは断じて無い。
だからさっきの失言は、恋愛に分類されるものじゃない。絶対。
ああ、そうか。
きっと俺は君のことを嫌うあまり、君のことで苛立つあまりに、なりふり構わない壮大な嫌がらせによって復讐してやろうと、無意識に決意してしまったんじゃないだろうか。
その結果が、さっきの台詞だったってわけだ。
これなら全部説明がつく。
さすがの君も、どん引きしただろう。
気持ち悪い。もう仲間じゃいられない。一緒に仕事なんてできやしない。友達だと思ってたのに。顔を見るのも嫌だ。吐き気がする。
あらゆる困惑と不快が混ざり合う汚濁の渦に、呑み込まれ、もがき。手足をちぎられ、目を抉られ。バラバラになって、窒息する。
その姿は、さっきまでの俺とよく似ている。
結局俺は、君に汚れてほしかったのかな。
君も俺と同じだって、信じさせてほしかったのかな。
スプーンの動きが、ゆっくりと再開される。
君の一挙手一投足が、今ここにある世界の全てを支配している。
ちょうど一口だけ残っていたオムライスの端を掬って、俺の皿に、ほとんど手を付けていないドライカレーの横に乗せた後、隆一は再び俺を見た。
「いのちゃん。」
知性の抜けた表情は、子供みたいに無防備であどけなくて。それがなぜか、ひどく哀しく果敢無いもののように見えて。その身も凍るような危うさにぞっとした。
唄う時にさえ見せたことの無い凄惨な声で、ただひっそりと。独り諳んじるように。
冗談みたいに。悪い夢みたいに。
「付き合おうか。」
いとも簡単に。
君は、世界の音色を変えた。
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