IR続き物
□ D チェリーパイ/1
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たったひとつ。
そこに君が混ざるだけで、馴染んだはずの自分の部屋は唐突に閉塞性を増す。
隆一は何も感じないのだろうか。
物珍しそうな様子で、決して狭くはないが好奇心を煽るほど広くもない部屋のあちこちを見回している。
CDとか本とか、その辺りに興味があるみたいだ。
「座ったら。」
促すと、素直に頷いてソファの端に腰掛けた。
自分もなんとなく、反対側の端に腰を下ろす。
話すことが見つからない。
まるでふたりして、言葉も、互いの存在さえも忘れてしまったかのように、ひたすらぽっかりと浮かんでいる。
今日。ここに隆一を呼んだのは、これでも人知れず決意したからであったりする。
話をしなければならない。ちゃんとふたりで。
万が一、誰かに聞かれたり邪魔されたりしては面倒臭いし。安全な場所を探していたらお互いの家くらいしかなくて。隆一の希望で、俺の部屋に決定したというわけだ。
話と言っても。何を話せば、何から尋ねればいいのかなんてわからない。
ただ、隆一がこの部屋を訪れるまでの間に、何度も何度も反芻した。
君が、なんであんなことを言ったのか。
君は人を傷付けることに慣れてない。だから、君のことを好きだと言った俺を傷付けないように。悩んだ挙句、苦し紛れにあんな台詞を口にするしかなかったのかもしれない。
だとしたら、かわいそうなことをしてしまったと思う。
だって俺は、君のこと。好きなんかじゃないんだから。
今からでも本当のことを話して、心から謝罪すれば君は許してくれるだろうか。
でも、元はと言えば君が悪いと信じている俺に、そもそも謝るなんてことできるのかな。
できないかも。
じゃあ、こういうのはどうかな。いつになく陽気な調子で。そう、真矢みたいに豪快な感じで。
一気にまくし立ててやればいい。
こないだのあれ、びっくりした?ちょっと隆ちゃんのことからかってみたくなってさ。マジで引いちゃった?ごめん!隆ちゃんのオムライスがあんまり美味そうだったからつい・・・
「そうだ、これ。」
シミュレーション真っ最中の目の前に、白い箱が突き出された。
思い出したように隆一が差し出したそれは、一応手土産らしい。
この間も玄関から一歩も上がらなかったくせにチョコだけ置いてったし。こういうとこほんと、律儀だよなあ。
「何それ?」
ありがとう、の一言が咄嗟に出てこなかった。
けれど、隆一は全く気にも留めていないようで
「チェリーパイ。俺、好きなんだよね。」
キモいくらい嬉しそうに口元を綻ばせた。そりゃあ、ため息もつきたくなる。
みやげなのに自分の好みで選んでどうするんだよ。マイルールもいいとこだろ。
いや、ひょっとしたら。
前に俺がチョコレートファウンテンの話なんかしたから。甘いもので喜ぶ奴だと勘違いしたのかもしれないじゃないか。
甘味になんて興味は無い。俺はただ、そのどろどろしたやつを君の身体に
・・・て、今はそんなことどうだっていい。
とりあえず茶でも出すか、と俺は席を立った。
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